蕎麦は、タデ科ソバ属に属する植物です。「たで食う虫も好き好き」という諺がありますが、その蓼(たで)でして、筆者もそのような虫になって蕎麦の研究をしています。米や小麦のようなイネ科の作物(穀類)とは系統を異にしていますが、粉の化学組成や用途などが穀類に似ていることから、ふつう穀類に分類されます。疑似穀類とも呼ばれます。ソバ属に属する植物として従来数種程度が知られていただけでしたが、近年の研究から17種のソバ属植物の存在が明らかとなっています。これらのうち、人類によって栽培されて来た栽培種には2種あります。1つは私達がふつう食する普通種であり,もう1つはダッタン種と呼ばれる蕎麦種です。その他の種はすべて野生種でありますが、このうち宿根蕎麦はよく知れており、野菜として利用されるので野菜蕎麦とか、シャクチリ蕎麦(赤い地下茎から赤地利蕎麦と呼ばれる)とも呼ばれます。

蕎麦の起源については、スイスの科学者ドゥ・カンドルはシベリア・中国北部説(1883)を唱え、この説が永く信じられて来ました。ところが、最近の日本の科学者の研究から、普通ソバの起源は中国南部であることが明らかなっています。中国で蕎麦に関する古い記述は、6世紀に書かれた農業書「斎民要術」の中に見られますが、筆者の友人の張政・王轉花夫妻教授は中国最古の書物(紀元前11世紀と推定)に蕎麦の記述の見られることを述べておられ、かなり古い時代から蕎麦が利用されていたと考えられています。有名な白楽天の詩「月明るくして蕎麦の花は雪の如し」(812)の詠われた唐の時代ころには広く栽培・利用されていたと考えられています。このような蕎麦が、中国から我が国へ、一方で1216世紀ころにヨーロッパなどへと伝播していったと考えられています。色々なヨーロッパの書物に蕎麦が登場します。例えば、ゲーテの「イタリア紀行」(1786年)には、イタリア人が蕎麦を食している様子が記述されていますし、アンデルセン童話(1835年ころ)にも蕎麦の話が出てきます。蕎麦の伝播の歴史については、文献調査からこのような記述になるのですが、このように著述しましたところ、ロシアの蕎麦学者の友人から「ロシアには5世紀頃の蕎麦の記述があるよ」という私信を頂戴し、歴史はなかなか深いものだと感じました。いずれにしても、蕎麦は、このように、伝統食品として世界各地で広く利用されています。他方、ミャンマー国の北部山岳地帯ではケシ(アヘンの原料)が古来栽培されて来ました。近年日本政府は海外援助活動の1つとして、ミャンマーでケシに替えて蕎麦を栽培し日本へ輸入しようとする事業を国際協力事業団のもとで推進されています。この事業は、麻薬撲滅という世界平和につながる素晴らしい事業です。筆者もこの事業に協力を依頼されミャンマー政府関係者に蕎麦に関する講義などの協力を行っております。蕎麦の利用は、このような展開も見せています。

 ところで、我が国では、蕎麦は、古来食用作物として広く利用されて来ました。蕎麦は、播種してから種子が収穫される期間が短く、また荒れ地にも生育できる作物としての特性があり、このために救荒作物・備荒作物として利用されて来ました。蕎麦に関する最古の記述は「続日本紀」の元正天皇(女性の天皇)による勧農の詔(722)の中の蕎麦の栽培奨励に関する記述があります。この記述は、<世界の蕎麦学>の中では大変貴重な記録です。蕎麦が中国から我が国へいつ頃伝来したかはよくわかっていませんが、縄文・弥生時代の遺跡から蕎麦の花粉・炭化種子が出土しており、このころには利用されていたものと推定されています。今日、蕎麦は広く利用されている。我が国での年間供給量は14万トン程度であり、このうち国内生産量は約2万トン強で、北海道、青森、山形、福島、茨城など広い地域で栽培されています。残りは、中国、米国、カナダなどからの輸入に依存しています(中国、カナダの蕎麦物語は面白く、いつか書きます)。明治・大正時代には蕎麦はもっと多く栽培されており、例えば明治末頃の収穫量は約13万トン強で、蕎麦が全国で広く栽培されていたことがわかります。我が国では,そば麺(そば切り)が最もよく利用される加工食品であります。蕎麦が麺の形で利用され始めたのは、江戸時代前後だと推定されているが、不明な点も多いです。蕎麦はこの他に、そばがき、そばだんご、そば餅、そば菓子など様々な形で利用されている。一方、粒食の形態としては,徳島県の祖谷地方(そばごめ)や山形県(むきそば)などの地域で古くから利用されています。ヨーロッパには、そばがきとよく似た洋風料理があり、またこの話もいつか書きます。

 蕎麦は、総合的に考えて、栄養学上優れた食品であります(このこともいつか正確に書きます)。この良き食品を、今後とも是非伝承していきたいものと思っております。日本人の食生活は、戦後大いに変化して来ました。食の欧風化が進み、良質のたんぱく質などの栄養素の摂取状態が改善された一方で、伝統的な食事の形態(米を中心とする一汁三菜などの和食形態)が継承されて来て、その両方の効果、つまり欧風的食事形態と和食形態があいまって、わが国は現在平均寿命で世界一のレベルの長寿国となっています。ところで、このような最長寿国になるには、およそ50-60年かかったことも忘れてならないことです。今は良いが、これからの数十年後にはどのような栄養状態になっているのかを危惧するところです。脂肪エネルギー比率は漸増して来ています。脂肪は大変おいしく、人々は知らず知らずの間に食してしまいます。霜降りの牛肉や、揚げ物、マグロのとろ、クリームたっぷりのケーキなどなど脂肪の美味に惹かれてついつい食し、生活習慣病の源であります肥満へと誘導されて行きます。そのような脂肪に溢れた食事形態にならないようにするには、蕎麦などの伝統食品の大いなる活用を図ることだと思います。蕎麦、米、大豆、海藻、魚介類などの、わが国古来の伝統食品をうまく活用した食生活を送ることが、これからの私達日本人には健康維持・増進のために肝要だと思います。それとともに、このような伝統食品を後世に伝承することも、重要なことだと思います。「伝統食品の後世への伝承」といってもなかなか難しい面もありますが、学校給食などで伝統食品の伝承をすることが重要だと思います。食育が近年謳われていますが、伝統食品の利用など子供達の食生活改善を図ることも大切です。伝統食品の継承は、このような食の教育を受けた子供たちが、数十年後になって、蕎麦などの伝統食品を、子供の時に食した「なつかしい、美味な食品」として引き継いでくれるものだと思うし、同時にそのことが健康的な食生活につながって行くものと思います。蕎麦にはアレルギーがあって学校給食で敬遠しがちですが、上述の通り栄養的価値の高い食品であり、アレルギーのことを正しく配慮して、上手に利用したら良いと思います。一方、蕎麦は、世界的に見るとパンやケーキ、パスタ、クレープ、ガレット、様々なそば米料理など多彩な形に加工・調理させて食されていますので、麺も1つの大切な食べ方ですが、麺だけにこだわらないで、様々な工夫をして蕎麦を楽しむことも大いに推奨されます。

しろくま

  さん

日本の伝統食品として、蕎麦は確かに長年生き続けてきている食品だと思います。
後世にも引き継いでいきたい食品ですね。

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K

  さん

蕎麦大好き人間としては、蘊蓄の深いお話!有り難く拝聴しました。

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トトロ

  さん

そばが中国発祥とは驚きです!

クレープは大好きでよく食べますが、そば粉で作られたクレープにはまだ出会ったことがないので、ぜひ食べてみたいです★

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shat

  さん

そば大好物です。これからはもりそばの美味しい季節ですね
脂肪エネルギーを抑え健康維持に留意します。

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ジョー

  さん

これからの時期、冷たいお蕎麦が食べたくなります。

将来は自分でそばをうって、自家製の薬味を添えて食べることがしたいです。

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Pig。

  さん

蕎麦の歴史は深いですね。
昨日、とろろそばを食べながら、先生の話を思い浮かべていました。

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Shozzy

  さん

蕎麦の歴史、とても面白いですね。歴史が好きなこともありとても興味深く読ませていただきました。

中国、カナダの蕎麦物語も楽しみにしています!

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RYU

  さん

僕はそばが大好きです。

でも、食べること専門でしたので、、そばの事も
もっと深く知ると面白いですね。

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信子

  さん

広島県北部の生まれです。
子どもの頃,大晦日には祖母が手打ちのそばを 食べさせてくれたおぼろげな 思い出があります。
 めちゃくちゃ短く切れた蕎麦だったので 今思えば100%蕎麦粉で作った 汁蕎麦でした。おいしかったです。
 まくらの中身が 蕎麦の実の殻でした。
 祖母は,石臼でひいて 粉にしていました。
 祖母が亡くなってから 一度蕎麦を畑に播いたことがありました。が,収獲した蕎麦の実をどうして処理してよいかわからず とうとう食べずに 捨てたことがありました。
 たしかに どんなやせ地でも肥料もやらずに 沢山出来ました。でも その後の処理ができないので 行き詰まってしまいます。栽培したい気持ちは山々です。どこに頼めば良いのでしょうか?
 韓国映画「トンマッコルへようこそ」を見た時,高い山の畑に一面の白い蕎麦の花がきれいでした。

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ぽん

  さん

一口に蕎麦と言っても色々奥が深いんですね。
蕎麦刈り、蕎麦打ち体験は大学時代に安曇野でありますが、勉強はしたことないので、面白いですね。

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リンダ

  さん

蕎麦は麺状のものと、そばがきで頂いたことがありますが
粒食の形態は初めて知りました。
私が想像する限り、一粒一粒指で米粒のようにするのでしょうか?
機会がありましたら、そばのレシピなども是非教えて下さい。

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ドロップ

  さん

蕎麦って深いんですね!
大阪に長年住んでいたので、蕎麦よりもうどんの方がなじみがありました。
蕎麦を麺以外で食べることもありませんでした。
麺以外で食べたことがあるのは…蕎麦湯くらいですかね。。

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