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 蕎麦粉には、魅力溢れる様々な成分が含まれています。今回は、食物繊維のことを書きます。

<食物繊維>という言葉がこの世に登場するのは約40年程前のことです。英国の医師のバーキット博士とトローウェル博士がアフリカ人と西欧人の病気と食物摂取との関係を比較して、従来<食べ物の滓(かす)>と考えられていた食品中の繊維には、西欧人に多い糖尿病や虚血性心疾患などの生活習慣病を改善する効果のある可能性を提唱しました。当初は仮説でしたが、時が経つにつれ実験的にこの有益な効果が証明されて行きます。当初の知見として、アフリカ人の大便排泄量は500g以上/日で、英国人は100g弱程度で、またアフリカ人の腸内通過時間は約1日半であるのに対して、英国人は3日以上かかることが示され、つまり食物繊維は、ヒトの腸内で発生し得る健康阻害成分などを速やかに排泄してくれることが示唆されました。両博士は、<健康な人達は硬い食べ物を柔らかく排泄し、一方病気なりやすい人達は柔らかい食べ物を硬く排泄している>と指摘しました。元来ヒポクラテスの時代には小麦ふすまなどには便秘予防の効果のあることや、我が国でもこんにゃくには砂払い効果のあることなどが認められていましたが、学問的には証明されていませんでした。私もこの機会にソバの食物繊維について研究し出しました。ところで、当初食物繊維を研究した多くの科学者には、「食物繊維とは一体何で、どんな特徴があるのか?どのように分析するのか?」という疑問がありました。食物繊維の本体と特性が当時は理解できなかったのですが、今日では「ヒトの消化酵素で消化されない食物中の難消化成分の総体」と定義されています。分析法も色々考案されましたが、定義に従った分析法を提唱した米国のプロスキー博士の方法が定着し、この分析法によって食物繊維は2つに分類されるようになり、1つは筍などに多い筋っぽい感じの繊維成分である「不溶性食物繊維」<これには便通改善効果や、大腸ガン予防効果の働きがあります>と、もう1つは海藻の粘り成分や、野菜や果実に多いペクチンのような「水溶性食物繊維」<これには血中コレステロールの低下作用や糖尿病改善効果の働きがあります>です。

さて、蕎麦の話をします。江戸時代に書かれた「本朝食鑑」の中に「蕎麦には、気分をおだやかにし、腸をくつろげ、よく腸胃ののこりかす・つかえをこなす」(東洋文庫)とあり、このような作用は、今日でいう食物繊維に起因すると考えられます。蕎麦の食物繊維の約8割は不溶性食物繊維で、上の< >内の働きとよく一致します。また筆者の研究では、蕎麦の食物繊維には種々の成分を吸着する作用が見られ、蕎麦を食することで、適当に不要なものが排泄されることが考えられます。我が国には「年越し蕎麦」の風習がありますが、この風習発祥の所以については諸説あります。例えば、運蕎麦説(貧しい人達に蕎麦餅を振舞ったら翌年運がむいた説)、細く長い麺の説(長寿を連想させる説)、切れやすい説(厄介なことなどを切ってくれる説)、中でも、12月末に蕎麦を食して、不要物を排泄し、身を清めて新しい年を迎える健康説があり、これは私の研究成果から見て食物繊維の働きを示す科学的合目的性のある説だと思えます。食物繊維は、1次予防の指標の目標量として男性19g以上、女性17g以上となっていますが、そば粉100gには約4.3gの食物繊維が含まれ、穀類加工食品の中では最も食物繊維を多く含む食品群に属します。このように、そば粉は食物繊維の大切な供給源ですので、健康増進のためにぜひ蕎麦食品を賞味下さい。さらに、のり、わかめ、ねぎ、山菜、筍、しいたけなどを蕎麦麺とともに食すとより効果的です。人にとって食物繊維が充足しているか否かは、なかなか判断しにくいですが、毎日快適な便通があるか(人によっては2日間隔でも良いと思いますが)、そうでなく便秘と下痢の繰り返しのような生活はきっと食物繊維不足だと思います。蕎麦食品に見られますように、食物繊維はおいしく食べることが大切で、ごぼうやニンジン、レンコン、大根、海藻など食物繊維に富む食材にあふれた食事は大変魅力的で健康的ですね。

  
  
  
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