私たちはどこから来たのか?私たち人類の先祖であると考えられている初期人類(原人、または旧人ともいう)、ホモ・ハビリスやホモ・エレクトスなどが地球上に現れたのは約250万年前のことである。私たち現人類、ホモ・サピエンスが誕生したのは、ずっと遅れて約20万年前であるが、その頃に生存していたホモ・ネアンデルターレンシス、ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・フローレシエンシス、ホモ・デニソワなどのヒト属初期人類はどれも2万年ほど前に絶滅してしまった。なぜ、現人類、ホモ・サピエンスだけが生存競争に打ち勝って、現在も繁栄を極めているのであろうか。

人類の起源や進化を研究する文化人類学の最新の学説では、現人類が料理をすることにより脳を大きく発達させたからだと説明している。この新しい学説は、提唱者であるハーバード大学の人類学者、リチャード・ランガム教授が著書「Catching Fire, (日本語訳 火の賜物、2010年)」に詳しく説明している。彼の説明によれば、人類は肉食をすることを始め、火を使って料理をすることを覚えたことで、高度の思考能力と複雑な言語能力が獲得できたのだというのである。火を使って料理をするという何でもない行為が、どうして人類の偉大な繁栄に繋がったのであろうか、その道筋を追って考えてみよう。

 最も早い時期に現れたヒト属人類、ホモ・ハビリスは、外見は類人猿そっくりではあるが、類人猿より2倍も大きい脳を持ち、二足歩行をして、石か棍棒を使って野生の小動物を殺して食べていたらしい。彼らより先に生息していた猿人、アウストラロピテクスが肉食をしていた証拠はなく、チンパンジーなど類人猿はリス、ムササビなど小動物を捕えて食べることがあるが、通常は木の実や果実を食べて過ごしている。動物の肉は栄養が豊富で、木の葉や果実などの4-20倍のカロリーがある。肉にはタンパク質と脂肪が多いから、体に筋肉を付けるのに役立つ。人類の体が大きくなった原因の一つは肉食をするようになったからだと言われている。

 肉食をしていなかった猿人、アウストラロピテクスの身長は120センチメートルぐらいであったが、日常的に肉食をするようになったホモ・エレクトスは約180センチメートルと大柄で、力も強く大型獣と闘うこともできた。人類が投げ槍や弓矢を使い、大型獣を殺すことができるようになるのは約20万年前のことである。その頃は、大規模な寒冷、乾燥化が地球を襲った大氷河時代であった。熱帯雨林が縮小し、類人猿が常食にしていた果実、根茎類などは少なくなってきたが、狩りをして大型獣を捕えることができたホモ・エレクトスはアフリカから遠くユーラシアにまで移動することができた。草食動物は食べ物がその地の植生によって制約されるが、肉食動物は獲物を追って移動することができる。人類は肉食を始めたことでより広い地域に生存できるようになったのである。

 ホモ・ハビリスは小動物の肉を食べていたが、火を使っていた形跡はない。火を使って食物を調理することを覚えたのはホモ・ハビリスの次に現れたホモ・エレクトスであった。彼らは約200万年前にアフリカに現れ、その後、ユーラシアの各地に移動して約15万年前まで生存していた。南アフリカで発見された150万年前から100万年前の彼らの住居遺跡には、高温で焼かれた動物の骨や土などが発見される。火は太古の昔から偶発的に地上に現れた。火山の噴火は大規模な山火事を引き起こし、枯れた草木は風で擦れて自然に発火する。しかし、山火事の後に燃え残った倒木から残り火を探すことを覚えたのは人類だけであった。

 火が人類の進化にもたらした恩恵は非常に大きい。焚火をすれば夜の寒さ、暗さ、危険な動物の襲撃から身を守ることができ、猛獣に襲われるのを恐れて樹上で寝なくても草原で安心して眠れるようになった。焚火をして暖を取るようになれば、寒さを防ぐ長い体毛が不要になる。すると、暑いサバンナで、汗をかかずに獲物を長時間追いかけて捕えることができるようになった。約30万年前には、ホモ・エレクトス、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)そして、私たち、ホモ・サピエンスは日常的に火を使うようになっていたと考えてよい。

 ところで、火の最大の恩恵は食べ物を加熱、調理することができることなのである。食べ物に火を通すことにより、硬いものを柔らくして噛み切りやすく、消化をよくすることができる。チンパンジーは消化の悪い生の餌を1日、5時間も噛んでいなければならないが、人類は火で調理したものを食べるから1時間で咀嚼できる。ホモ・エレクトスが硬い生肉を噛み切れる大きな顎や鋭い歯を持っていないのは、火を使って焼くか、炙った柔らかいものを食べていたからだと考えてよい。同じ食べ物であっても加熱調理して食べれば、消化が良いからより多くのエネルギーを摂取できる。火を使って調理することを始めた種族はより多くの食物エネルギーを獲得して生き残り、より多くの子孫を残すことができたであろう。火を使って調理をするようになってから、人類はそれ以前よりも多くの種類の食べ物を食べられるようになり、しかもそれを効率よく消化して多くのエネルギーを得ることができるようになった。そして、余ったエネルギーを使って脳を発達させて、優れた知的能力を獲得することになるのである。人類の歯、顎、胃、小腸、大腸などはチンパンジーなどに比べればはるかに小さいが、それは火を使って調理した柔らかい食物に適応して進化した結果であると考えてよい。

大きな消化器官を使って長時間の消化、吸収活動を行うことは多くのエネルギーを消費するから、消化器官が小さいものが生物学的に有利である。自然淘汰は消化器官が小さい初期人類に有利に働いたに違いない。人の体格はチンパンジーより大きいが、口、顎、歯は小さく、消化器官も小さくなっているのは、料理した食べ物の柔らかさ、消化しやすさにうまく適応した結果である。チンパンジーやゴリラ、そして猿人、アウストラロピテクスが食べていたものは消化の悪い生の餌であったから、消化器官が大きく発達していた。肉食動物は生肉を胃の強力な消化液で分解し消化することができるから、消化器官が類人猿に比べて小さい。対照的に、人類は動物の骨をかみ砕いたり、肉を食いちぎったりする力も弱く、生肉や腐肉を消化できるほどに強力な消化液も持たず、草食動物のように大きく発達した胃や腸も持っていない。人類は動物性の食物でも、植物性の食物でも、すべて火を使って調理をして柔らかく、消化を良くしたものを食べるように進化しているのである。

 繰り返しになるが、人類が脳を大きく発達させることができたのは、火を使って調理をすることを覚えて、食べものの消化、吸収に多くのエネルギーを使わなくて済むようになったからである。私たちの脳の重さは体重の2%しかないのに、1日に必要な基礎代謝エネルギーの20%を消費する。脳の神経細胞は私たちが起きていようと寝ていようと絶えず活動しているので、多量のエネルギーを消費する。だから、脳を発達させるためには、脳に多量のエネルギーを安定的に供給しなければならない。ところが、草食をしている大型類人猿は1日数十キログラムの木の葉や草を分解、消化するために大きな消化器官をほぼ一日中活動させていなければならないから、大量のエネルギーを消費してしまい、脳に多くのエネルギーを供給する余裕がない。人類は火を使って調理することにより食べやすく、消化しやすくして食べるから、消化器官が小さくて済み、脳により多くのエネルギーを補給する余裕が生まれたのである。消化器官が小さくなればなるほど、脳に供給できるエネルギーが増えるのである。

 初期人類の脳が大きく発達した時期は、最初はホモ・ハビルスが現れた時であり、次はホモ・エレクトスが現れた時であるが、それは人類が肉食を始めた時期と、火を使って調理を始めた時期とに一致する。チンパンジーの脳容量は約350立方センチメートル、アウストラロピテクスは約450立方センチメートルであり、それほど変わらないが、肉食を始めたホモ・ハビリスの脳容積は約612立方センチメートルに拡大している。更にホモ・エレクトスの脳容積が約950立方センチメートルにまで大きくなっているのは、火を使って料理したものを食べるようになったからであると説明できる。

おにく

  さん

前の方も仰っていますが、
火を使って料理したものを
食べるようになったことが、
人類の進化に寄与していたとは
想像したこともありませんでした。
とても勉強になりました。

返信

まっちゃあずき

  さん

ブログを拝見させていただき、本当に勉強になりました。
今の人類が存在しているのは、食の進化がすべてと言っても
過言ではないかと思います。
今、私たちの周りには、食が溢れています。
いつでも好きなものが食べることができる時代の中で、
食の重要性・大事さといったものが、希薄になっているような気がします。
いろいろな方と食について、どんどん話をしていきたいと思います。

返信

しろくま

  さん

人類の進化と火の使用が密接に関わっていることは、今まで考えたことがありませんでした。
私たちが現在のように繁栄したのは、より長く生き延びようとする祖先の方々のおかげかもしれませんね。

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