2.肥満になると生活習慣病が増える
食物として摂取したエネルギーが消費されるエネルギを上回る状態が長く続くとエネルギーがづくと脂肪に変わって皮下組織や内臓周辺に蓄積され、体重が増え肥満になる。 日本人の標準体脂肪率は成人男子なら体重の5-18%、女子なら20-25%であり、それが男子なら25%、女子なら30%以上になると肥満である。体脂肪量は簡易に測定しにくいので、体重と身長から次式によりBMIを計算して肥満の度合いを判定する。
BMI(肥満度)=体重(キログラム)÷身長(メートル)の2乗
疫学調査によると、男女ともにBMIが22であると生活習慣病などにもっとも罹りにくいので、身長(メートル)の2乗×22を標準体重(キログラム)と定め、標準体重の±10%以内なら正常、±20%以上になると肥満、または痩せ、その中間を過体重または痩せ気味とするのである。この計算ではBMI 26.4以上が肥満となるが、判定を厳しくして25以上が肥満、18.5以下が痩せと判定する。身長が165センチメートルなら、標準体重は59.9キログラムだから、体重が68.0キログラム以上になると肥満である。平成27年の国民栄養調査によると、男性は30歳代から60歳代まで3人に1人が肥満、女性は50歳代から70歳代で4人に1人が肥満である。40年前までは男性の肥満者は5人に1人もいなかったのであるから、それ以来、肥満になっている人が著しく増加しているのである。なお、20歳代の女性は4人に1人、30歳代でも6人に1人が痩せと判定されている。痩せている若い女性が増えたのは、美容のために過度のダイエットをすることが多いからである。
肥満はすべての生活習慣病のきっかけになる。食べ過ぎて過剰になったエネルギーは脂肪に変わって皮下組織や内臓周辺の脂肪細胞、特に内臓周辺の脂肪細胞に多く蓄積される。内臓周辺の脂肪細胞は余剰の脂肪を蓄積するだけではなく、食欲を調整するレプチンやインスリン抵抗性を生じるTNF-α、血圧を調節するアンギオテンシノーゲン、血栓形成を促進するPAI-1などの生理活性物質を分泌する内分泌器官として働く。だから、肥満、ことに内臓脂肪が蓄積した状態が長く続くと数多くの生活習慣病が誘発されやすくなる。もともと、肥満すれば体重が増え、交感神経が亢進して血液量と心拍出量を増やすから、末梢血管の抵抗が増大して高血圧になりやすく、体重が1キログラム増えると血圧は1-1.5mmHg上昇するといわれている。内臓の周辺に脂肪が蓄積する内臓肥満になると、末梢組織でのグルコースの取り込みを助けるインシュリンの働きが阻害されるので、糖尿病が誘発される。また、内臓脂肪が増えると、血液中の脂肪酸が多くなってインスリンの働きが鈍くなり、より多くのインスリンを分泌しようとして膵臓の負担が多くなり糖尿病を発症しやすくなる。こうして、血糖値が高くなるとその糖を脂肪に変える脂肪合成が始まるので、血液中の中性脂肪、コレステロールが高くなり高脂血症になる。これらの症状が複合して進行すると、動脈硬化が生じて高血圧、虚血性心臓疾患や脳梗塞などを発症するリスクが20倍にもなる。
生活習慣病は高血圧症,あるいは高脂血症と単独で進行することは少なく,いくつかの疾患が相互に関係し合いながら同時に進行する。たとえば高血圧の例を挙げてみる。体内の血液は心臓のポンプ作用により大動脈を経て末梢の毛細血管に送られ、ついで静脈を通って心臓に戻ってくる。血圧とはこの動脈を流れる血液の圧力のことである。高齢になると細動脈の抵抗が大きくなり、その抵抗に打ち勝って血液を送らねばならないから血圧が高くなる。血液中の中性脂肪やコレステロールが多い高脂血症になっていると、動脈硬化や狭窄が生じてくるので,血流に対する抵抗がより大きくなって高血圧がひどくなる。慢性的に血糖値が高くなっている糖尿病になると、毛細血管の肥厚が生じてくるから血流への抵抗が大きくなり高血圧になりやすい。高血圧がひどくなると心臓の負担を大きくしても血液が十分に送れず,心臓に局所的な貧血を生じて狭心症や心筋梗塞を誘発し,脳血管に溢血や血栓を生じれば脳溢血や脳梗塞となるのである。 このように生活習慣病は個々に独立した病患のように見えるが、実は過剰栄養によって内臓周辺に脂肪が蓄積した内臓肥満から誘発され、お互いに関連して進行する「内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)」なのである。高血圧症、高脂血症、糖尿病がなければ心筋梗塞の発症は少ないが、高血圧症あるいは糖尿病があると2倍、どちらもあると8倍、さらに高脂血症も加わると実に35倍にも発症の危険が増える。これらを予防するには、まずBMIが22程度になるように体重をコントロールして肥満を解消しなくてはならない。
高血圧症,高脂血症,糖尿病などは加齢とともに罹りやすくなる成人病,老人病であるが,平成8年以降は生活習慣病と呼ぶように改められた。なぜなら、これら疾患が発症し,進行するのに過食,運動不足,喫煙,飲酒などの生活習慣が大きく関わっていることが解明されたからである。生活習慣病は、その初期において生活習慣を改善して進行を遅らし、高血圧症,高脂血症,糖尿病というはっきりした病態にならないようにする「一次予防」が大切である。加齢に伴う成人病ではあるが、生活習慣を改善すれば進行を遅らせることが出来る病気なのである。平成18年の国民健康栄養調査によれば、50-69歳の男女は60-80%が境界型を含めた高血圧、15-30%が高脂血症、20-35%が糖尿病である。高血圧症の患者は4000万人、糖尿病患者は予備軍を含めて1900万人、骨粗鬆症の人は1000万といわれている。これらの疾患に重複して罹っている人も多く、生活習慣病患者は人口の3分の1、約4000万人に達している。そして、内臓脂肪面積が100平方センチメートルを超えて、腹回りが男性なら85センチメートル、女性なら90センチメートル以上になり、さらに高血圧、高血糖、高脂血の初期症状が2症状以上現れているならば、「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群」と診断される。該当する人は40歳以上で男性は4人に1人、女性は8人に1人、男女合計で1000万人、予備軍を合わすと1400万人と推定されている。メタボ肥満は生活習慣病の前段階であるから早期に解消しなければならない。
肥満と生活習慣病の蔓延は、腹八分目に食べて健康に過ごすことを忘れ、欲しいだけ食べることから始まったのであり、そして国民医療費や介護費を増大させて国家の財政を圧迫している。生活習慣病は平成という飽食社会が生み出した「食源病」であると同時に大きな「社会病」でもある。
日本で肥満が急激に増えた原因は高齢者が激増したことである。昭和60年には日本の全人口の10%に過ぎなかった65歳以上の高齢者人口が、現在では27%に増えている。中高年者は壮年者に較べて基礎代謝量が少なくなり、運動量も減っているから、毎日の食事の量を若いころより2割ほど減らさなければ食べ過ぎになる。座って仕事をしていることが多い50-69歳の男性であれば1日に必要なエネルギーは2050キロカロリーであるのに、平均して2200キロカロリーも食べているから肥満になる。女性も50歳以上になると同様に食べ過ぎている。ライオンは空腹でなければ、獲物が目の前を通り過ぎても襲うことはない。人間は空腹でもないのに食べるから、肥満が増えて生活習慣病を誘発するのである。
日本人が1日に摂取している食物エネルギーは、昭和45年の平均2200キロカロリーをピークとしてそれ以降は現在の1850キロカロリーまでずっと減少し続けているのに、肥満者の割合は逆に2倍近くまで増え続けていることである。これは高齢化社会になったことが大きな原因である。中高年になるとエネルギー所要量が減少するので節食しなければ食物エネルギーの過剰摂取になる。車社会、IT社会になって体を動かすことが少なくなり消費エネルギーが減ったことも原因として挙げられる。
食事の内容が洋風に変わったことも原因である。戦前の日本人はご飯を3杯も4杯もお代わりしていたが太ることが少なかった。炭水化物に偏った食事をしていると睡眠中のエネルギー消費量が増え、インシュリンの分泌が半減するから体重が増えにくいのである。だから、昭和60年頃になってタンパク質、脂肪の摂取が増えて栄養素のバランスが良くなると、食事のエネルギー効率が高まり肥満が増えることになったのである。脂肪の摂取量が昭和60年頃から増え続けていることも原因の一つであろう。総摂取エネルギーは増えていなくても、脂質エネルギーの接取が増加しているのである。炭水化物やタンパク質は余分に摂取してもエネルギーとして消費されやすいが,脂肪は摂りすぎるとそのまま体内に蓄積されるので肥満になりやすい。
最近、ゲノム解析が進み,肥満に関係する遺伝子の1塩基性多型(SNP)が日本人に多いことが指摘されている。狭い耕地で農作物に頼って生活してきた日本人はしばしば飢餓に悩まされてきた。そのため、脂肪を分解して熱に変える脱共役タンパク質に関係するするβ3アドレナリン受容体(β3AR)や脂肪蓄積を調節するレプチンの受容に関係するペルオキシソーム増殖促進因子受容体(PPAR)の多型など、エネルギーを節約して脂肪を蓄積する遺伝子が白人に比べて日本人に多いのである。このような遺伝体質を持っている日本人であるから、脂肪の多い高エネルギーの食事を摂ればより肥満しやすいといってよい。
この他には、食事の仕方が問題になる。加工食品など柔らかい食品が増えたのでよく咀嚼して食べることが少なくなった。よく咀嚼をしないとインシュリンの分泌が悪く、食事による産熱が少なくなるので、その分だけ多く脂肪に変わりやすい。忙しいので早食いすることが多くなっているが、満腹感を感じるには食べ始めてから15分ぐらいかかるのでつい食べ過ぎることになる。一度に大食すると、インシュリンの分泌が高まりグルコースの吸収、脂肪への転換が多くなるから、朝食を抜いて昼はそば で済ませ、夜遅い時間にドカ食いをすると肥満になりやすい。朝食で摂ったカロリーは日中の活動で消費されるが、夕食で摂ったカロリーは休息、睡眠中にグリコーゲンや脂肪に変わりやすい。だから、仕事が忙しく深夜に食べることが続くと、レプチン抵抗性が生じて十分に食べても食欲が止まらず、肥満になりやすい。
肥満の増加とそれに伴う生活習慣病の蔓延は、食べるものに不自由をしない豊かな食生活、車やIT技術を活用する忙しい日常生活、急速に進行する高齢化など、現代社会の変容がもたらした食の病態であると言ってもよい。
]]>食べものが有り余るほど豊かになったので、人々はつい食べ過ぎて肥満になりやすい。肥満者の割合は40年前に比べると男性では倍増していて30歳から69歳の男性は3人に1人が肥満であり,女性でも40歳以上は4人に1人が肥満である。中高年者は基礎代謝量が若い頃に較べて低下しているにもかかわらず,それに合わせて食事の量を減らしていないから過食になりやすい。例えば、50-69歳の男性は1日に必要な食事エネルギーが2000キロカロリーであるのに、平均して2240キロカロリーも食べているから10%の過剰摂取になっている。女性も60歳以上になると15%の過剰摂取である。そこへ運動不足が重なって肥満になるのである。青壮年層では脂質エネルギー摂取量が増加して、適正摂取比率である25%を超えているので肥満になりやすい。
日本人の栄養状態が一番よかったのは昭和60年頃である。戦後、我が国では米食中心、つまり澱粉質を多く食べる食生活から脱却して、肉類や乳製品など動物性食品を多く摂る欧米型の食生活をするようになった。その結果、昭和60年ごろにはタンパク質、脂肪、糖質の摂取が理想的なバランスになり、国民の体位が向上し、平均寿命が延びて世界のトップクラスになった。ところがそれ以降、三度の食事を栄養バランスよく摂るという食生活の基本が乱れ、栄養の過不足が生じるようになった。年齢層別にみてみると、男女ともに15-39歳で平均摂取カロリーが所要量に較べて8-13%も少なく、60歳以上は逆に11%も多い過剰摂取である。タンパク質は40歳以上の世代なら10%から20%多く摂りすぎている。脂質は15-39歳の世代で適正とされる総エネルギーの25%を超えて過剰に摂取している。
欧米諸国では1日に3000キロカロリー以上もある食事を摂り、しかも肉料理が多いので脂肪の過剰摂取による肥満、高血圧症と動脈硬化が増え、心臓疾患が多発している。ところが、日本では戦後、食生活の内容が改善,充実したにもかかわらず国民1人当たりの摂取カロリーは平均して1日あたり2200キロカロリーを超えることがなく、脂肪の過剰摂取になることもなかった。ご飯の量を減らしたといっても、昭和60年頃まではまだまだご飯中心の食事であることには変わりはなく、そして、動物性タンパク源として肉ではなく脂肪の少ない魚を主に食べてきたからである。ところが、その後、米飯を食べることが更に減り、肉類の摂取が増えて、魚の摂取が減少した。その結果、脂肪の摂取が上限とされている総カロリーの25%を超えて29%に増えた。それと共に中高年者の肥満が急激に増加し始めて、生活習慣病が蔓延してきたのである。肥満者の割合は40年前、昭和の時代に比べると、50歳以上の男性なら倍増している。
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食物の安全性を損なう化学物質は残留農薬や食品添加物をはじめとして、環境ホルモン、遺伝子組換え農産物、BSE牛肉、鳥インフルエンザなどと次々に現れ、事あるごとに「危ない、使うな、食べるな」と大騒ぎになる。また、食品の賞味期限や原産地、原材料などを偽って表示する偽装事件が後を絶たない。
このような事態を解消するために、平成15年、消費者の健康を守ることを最優先にする「食品安全基本法」が制定され、さらに、食物の安全性を専門家が科学的に審査し、消費者の健康を守る対策を答申する食品安全委員会が設置された。これ以来、食品添加物や農薬の使用はそれ以前よりも一層厳しく規制されるようになり、食材の原産地や製造原料などを保証する食品表示制度が拡充され、食品添加物や農薬の違法な使用や虚偽の表示を取り締まる体制も強化された。さらに、平成21年にはこれら消費者行政の司令塔となる消費者庁が発足した。
これらの対策が実施された結果として食品の危険性は一時よりずいぶん小さくなり、日常の食生活には支障がない程度に安全性が確保されている。例えば、殺虫剤が残留基準値を超えて残留している中国産野菜を食べて、運悪く健康被害に遭う危険性はどのくらいあるのであろうか。輸入野菜は空港や港の検疫所で検査を受けているから、残留基準値を超えた農薬が検出される野菜は0.02%あるかないかである。年間300万トンも輸入される中国産野菜の中で、僅か600トンぐらいの汚染野菜を、1億2700万人の日本人の1人である自分が運悪く食べる羽目になる確率は極めて小さい。しかも、残留基準値とは生涯、毎日食べ続けても健康に悪影響がないと確かめられている安全な残留量のことである。だから、基準値を超えた農薬が残留している野菜であっても、それを一度や二度食べるだけなら直ちに健康に被害があるというものではない。また、運悪くBSE感染の牛肉を食べてしまい、それがもとになって運悪くクロイツフェルト・ヤコブ病を発症する人は、1億2700万人の日本人の中で1年に0.004人もいないだろうと推定されている。これは1000万分の1の危険性よりさらに1万分の1小さい危険である。アメリカの環境保護庁では100万分の1以下の可能性で生じる小さな危険ならば、防ぎようがないから安全であるとみなすことにしている。
しかし、危険に出会う確率の数字がこのように小さければ、人々は安心するかといえば必ずしもそうではない。年末ジャンボ宝くじの特等賞金5億円を手にすることができる確率は1千万枚に1枚であるから、当選することなどとうてい期待できないのであるが、人々ははかない期待をして宝くじを買う。食品添加物や残留農薬、BSE汚染牛肉などにより1000万人に1人あるか、ないかの不幸な被害者になるかもしれないと心配するのは、特等に当選することなど期待できないと知りつつ宝くじを買うのと同じ心理である。科学的根拠に基づいて客観的に判断した「安全」と、消費者自身が主観的に判断する心理的な「安心」とは別のものだということである。
このようなことでは社会全体として「科学的には安全になっているのに、心理的に安心できない」という困った状態が続く。必要以上に厳しい検査や規制を実施しても、効果はそれほどに期待できず、費用が嵩むばかりである。これからは、必要以上の安全性を保証することを行政、生産者、販売業者に押しつけていないで、消費者自身も専門家の説明をよく聞いて安全になっていると理解し、安心することにしてはどうだろう。アメリカでは食品医薬局(FDA)によって科学的に審査して安全であると保証された食品ならば、安全であり、安心してよいと受け容れている。遅ればせながらわが国でも、平成15年に食品の安全性を科学的に審査する食品安全委員会が、科学者、学識経験者、消費者代表を集めて発足している。日本の消費者もそこで行われる公平な科学的審査を信用して安心するようにしたいものである。
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平成13年、千葉県で狂牛病の牛が発見されると、市場で牛肉がいっせいに敬遠される騒動が起こった。狂牛病は牛海綿状脳症(BSE)と呼ばれている牛の病気であり、脳の組織がスポンジ状になって空洞ができるため、牛は神経中枢が働かなくなってよろけたり転んだりする。原因は脳神経細胞のプリオンたんぱくが変質して凝集蓄積するために、神経細胞が変性、壊死することである。この変質したプリオンが人に感染すると変異型クロイツフェルト・ヤコブ病を発症し、患者は神経機能が衰えて呼吸麻痺を起して死亡する。イギリスでは1993年(平成5年)ごろから狂牛病に罹る牛が18万頭も発生し、クロイツフェルト・ヤコブ病の患者が延べ170人も出ていた。当時、イギリスやヨーロッパ諸国では、高栄養飼料として牛や羊の骨、内臓などを乾燥、粉末にした肉骨粉を使用していたので、狂牛病牛の肉骨粉をそれと知らずに使っていた数十か国で狂牛病が多く発生したのである。日本で輸入の肉骨粉を使用していたから、狂牛病の侵入を防げなかったのである。平成15年にはアメリカでも狂牛病に感染した牛が発見されたので、アメリカ産牛肉の輸入がストップした。
農林水産省は輸入肉骨粉の使用を全面的に禁止するとともに、食肉にする牛を解体する際にBSE変質プリオンの汚染を検査する「全頭検査」を実施することに決めた。脳や脊髄に異常プリオンが検出されれば、その牛は全部を廃棄するのである。また、異常プリオンが検出されなくても、脳、脊髄、眼球、回腸遠位部は汚染危険部位であるので除去して食肉にすることを義務づけた。全頭検査は狂牛病の牛が最初に発見された平成13年から始まり、平成22年まで続けられて延1100万頭を超える検査をしたが、BSEに感染していると判定された牛は36頭であり、それも15年以前の感染であった。世界的にも一時は万頭単位で発生していた狂牛病牛がほとんどいなくなったのでBSE検査は次第に中止された。厳重な全頭検査を12年間も継続したのは日本だけであった。
平成23年3月11日、東日本大震災が発生し、福島第一原子力発電所が津波で被災する事故が起きた。そして、溶融、爆発した原子炉から飛散した放射性物質で汚染された農産物や魚貝類を食することによる体内被曝の危険性が問題になった。厚生労働省は食品の放射性物質汚染の暫定規制値を500ベルクレル/kg(平成24年からは100ベクレル)と定め、この基準を超えた食品を市場に流通させないという出荷制限をした。事故後の2年間に23万件の農産物や魚介類を検査したところ、この基準を超えたいたのは2100件であった。平成24年に近隣18都県で671件の食事調査をしたところ、その汚染レベルは98%が1ベクレル以下であり、汚染の最大値は4ベクレルであった。4ベクレルで汚染している食事を1年間食べるとしても、それによる内部被爆は0.041ミリシーベルトであり、国が限度としている年間1ミリシーベルトを大きく下回る。幸いにして、近隣住民の食生活については大事に至らなかったのである。
食品産業の規模が大きくなり、製品の流通が全国規模に広がっているので、従来であれば数十人の発生で済んでいた食中毒事故が千人単位で発生するようになった。スーパーに出荷されたカイワレダイコンに腸管出血性大腸菌0-157が付着していて、6000人を超える集団食中毒が起きたのは平成8年である。平成12年には黄色ブドウ球菌の耐熱性毒素に汚染された雪印乳業製品により14000人の食中毒が生じた。食中毒でなくても、乳酸菌や野生酵母の混入による品質事故なども一度発生すれば巨大な事故となる。だから、食品工場や外食店では衛生管理を徹底して行うことが従来以上に必要になっている。そこで、平成7年に食品衛生法が改正され、「総合衛生管理製造過程の承認制度(HACCP)」が、乳製品、食肉製品、水産練り製品、レトルト、缶詰、清涼飲料などの食品メーカーに導入されることになった。HACCPとは食品工場で起きる衛生事故を防止する新しい生産管理システムである。食中毒の原因となる微生物、食材に混入する農薬や抗生物質、洗浄剤や殺虫剤、金属片、ガラス屑など、危害物質が混入しやすい生産工程を選び出し、その工程を「CCP,最重点管理ポイント」として重点的に監視して、危害(HAzard)を許される限度まで小さくするのである。
]]>遺伝子組換え農産物の輸入が許可されたのは平成8年である。遺伝子組換え農産物とは、遺伝子組換え操作によって害虫による食害を受けにくくしたトウモロコシ、特定の除草剤に対する抵抗性を付与したトウモロコシや大豆などである。これら作物は虫に食われにくいから、殺虫剤の散布回数を減らせる、あるいは強力な除草剤を散布しても枯れないから雑草を駆除しやすい。したがって、遺伝子組換え農作物の栽培面積はアメリカを中心に27カ国、1億9千万ヘクタールに広がり、特にアメリカではトウモロコシの80%、ダイズの92%が遺伝子組換え品種に替っている。遺伝子組換え農産物の栽培、流通を禁止していたEU諸国も平成17年には解禁している。
日本に輸入されるトウモロコシの88%、大豆の93%、菜種の89%は遺伝子組換え品種であるから、知らず知らずのうちにこれらの遺伝子組換え農産物を食べることになる。そこで、消費者の不安を解消するために、遺伝子組換え大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、菜種、綿実を原料に使用した加工食品には遺伝子組換え農産物を「使用」したと表示することが、平成13年から義務付けられている。ただし、原料の集荷、輸送時にたまたま生じた5%未満の混入ならば規制の対象にならない。また、醬油、サラダ油、水飴などの原料に組換え農産物を使用する場合には、加工過程で組換え遺伝子やタンパクが分解されるので表示することはいらない。
青虫に食べられにくい遺伝子組換えトウモロコシにはバチリス・チューリンゲンシスという昆虫病原菌の毒素タンパクの遺伝子が組み込まれている。この遺伝子により生成した毒素タンパクを蝶や蛾の幼虫が食べると死ぬから、この組換えトウモロコシは食害が少なく収穫量が増える。組換えトウモロコシに含まれている超微量の毒素タンパクは昆虫には有毒であるが、人や哺乳動物が食べても胃酸で分解されて吸収されないので無害である。特定の除草剤で枯れない遺伝子組換え大豆には、その除草剤に抵抗性をもつ土壌細菌のアミノ酸合成酵素の遺伝子が組み込んである。通常の大豆は除草剤、ラウンドアップ(商品名)を散布するとアミノ酸合成が阻害されて栄養障害が起きるので枯れてしまうが、組換え大豆では耐性のある土壌細菌の合成酵素が代りに働くから枯死することがない。従来は大豆が枯れないように除草剤を薄めて何回にも散布して除草していたが、組換え大豆であれば高濃度のラウンドアップを散布して一挙に雑草を駆除できる。土壌細菌のアミノ酸合成酵素は哺乳動物の体内では全く働かないので、私たちが組換え大豆を食べても危険はない。
ついでながら、ゲノム編集操作を利用して太らせた養殖鯛やトマトなど「ゲノム編集食品」が令和2年から市販されている。ゲノム編集とは特定の遺伝子群(ゲノム)を切除したり、不活性化する遺伝子操作技術である。例えば、この方法で筋肉の成長を停める遺伝子を除去した真鯛は、筋肉がよく成長して魚体が肥大する。血圧上昇を抑制する作用があるGABAの含量を通常のものより4倍も増やしたミニトマトも開発されている。これまでの遺伝子組換え食品は食用に適しない外部の生物の遺伝子が組込まれているから食品としての安全性を審査しなければならなかったが、ゲノム編集食品は従来から食用にしている魚や野菜の遺伝子のごく一部が除去あるいは不活性化されているのだから、食べても危害はないと考えてよい。
]]>もう20年以上前のことになるが、「環境ホルモン」という衝撃的な言葉がマスコミを賑わせたことがあった。 かつて多量に使用していたDDTやBHCなどの有機塩素系農薬、都市ごみの焼却炉から放出されるダイオキシン、食器や哺乳瓶に使用している人工樹脂、船底塗料から溶け出す化学物質などが、極めて微量ではあるが人間や野生動物の内分泌物質、特に性ホルモンの作用をかく乱し、生殖や出産、発がんに悪影響を及ぼすことがある。 このような化学物質が「環境ホルモン」である。
調べてみると、日本人が魚などを食べて体内に取り込む塩素系農薬、DDTは1日に3マイクログラムと少なく、1日許容摂取量の1%以下であるから大丈夫と考えてよい。都市ごみを焼却するときには、塩化ビニールからダイオキシンが生成し、排煙とともに放出されて大気、土壌、河川などを汚染する。それが主として魚介類に取り込まれて蓄積し、私たちの口に入ることになる。ダイオキシンは複雑な有機塩素化合物であり、低濃度でも女性ホルモンに似た作用を発揮して強い発がん性と催奇形性がある。平成12年、産業廃棄物の焼却施設が密集している埼玉県所沢市周辺で採れた野菜にダイオキシン汚染が見つかったと報道されると、ダイオキシンに対する不安が一気に高まった。幸い、その汚染は危険なレベルではなかったが、これを契機として全国的に焼却炉の改修が進められたからダイオキシンの排出は少なくなった。私たちの体内に入り込むダイオキシンはほとんど全部が食事経由であり、それも魚介類からである。体内に入り込むダイオキシンは一時に比べれば減少していて、成人であれば1日に75ピコグラム(1ピコグラムは1兆分の1グラム)程度である。ダイオキシンの1日許容摂取量は200ピコグラム程度であるから、それほどの心配はいらないと考えてよい。
ポリカーボネート樹脂製の食器や哺乳瓶などからは、樹脂に硬化しないで取り残されていたビスフェノールAが溶け出すことがある。缶詰の内面塗装に使うエポキシ樹脂から溶出することもある。この化合物には女性ホルモンの2万分の1程度の弱いホルモン作用がある。おしゃぶり玩具、輸血用血液バッグ、弁当の箱詰め作業に使う手袋など柔らかな塩化ビニール製品からは、塩化ビニールを柔軟にする可塑剤、フタル酸ジエチルヘキシルが数マイクログラム程度ではあるが溶け出して、女性ホルモン作用を示すことがある。幸い、ビスフェノールAやフタル酸ジエチルヘキシルの摂取量は1日許容摂取量の10分の1程度と考えられている。カップ麺の発泡スチロール製カップに湯を注ぐと、スチロール樹脂の原料であるスチレン・ダイマーやトリマーが数マイクログラム溶け出す。これも環境ホルモンとして働くのではないかと心配されたことがある。トリブチルスズやトリフェニルスズなどの有機スズ化合物は藻類、貝類の増殖を防ぐので、漁船の船底や漁網に塗る塗料に使用されていた。しかし、それが海水に溶けだして水生生物に蓄積し、巻貝に性器異常が生じることが判明したので使用が禁止された。
我々は食品添加物や農薬だけでなく、医薬、化粧品、洗剤、プラスチック製品などに10万種類もの合成化学物質を使っている。 これら化学物質は製造し、使用される過程でごく一部が環境中に放出されるから、それを吸い込んだり、食事とともに体内に取り込んだりすれば何らかの健康被害を生じる危険がある。 この危険性は国際的にも認識されていて、2001年(平成13年)のストックホルム条約で残留性のある有機汚染物質(POPs)の製造と使用を制限することが合意された。 平成10年、環境省がDDT,PCB,ダイオキシン、ビスフェノールAなど環境ホルモンとして働く疑いが強い化学物質36種類について調査したところ、現在、大気や河川を汚染している超微量の濃度ならば、魚に影響するものはあっても人間に影響することはないと報告している。 かつて報告された野生生物の生殖異常の多くは工場事故などによる局地的あるいは一時的の濃厚汚染の結果であったらしいが、数えきれないほどの化学物質が長期的に人の健康にどう影響するのか、それはまだ完全に解明されたわけではない。
]]>食品中に残留する可能性がある化学物質は、農薬、食品添加物のほかに、畜産や養魚用に使用する飼料添加物や動物用医薬品がある。 近年では家畜を狭い場所に集めて飼育し、濃厚飼料を与えて短期間で肥育するのが普通であり、漁業でも狭い生簀の中での密集養殖が行われる。 家畜や魚の生態を無視したこのような飼育環境では、家畜や魚はストレスが増え病気に罹りやすくなる。 そこで、抗生物質や抗菌剤、駆虫剤を使用し、また肥育を促進するために合成ホルモン剤を使用する。 それが畜肉や魚肉、牛乳、卵などに一部残留して、消費者の健康を脅かすことになる。
もちろん、化学合成農薬や除草剤、飼料添加薬品、食品添加物などは使わずに済むのであれば使わないのがよい。 しかし、わずか435万ヘクタールの農地と136万人の農業者、18万人の漁労者で1億2400万人の食料を賄うには使わざるを得ないのである。 農薬、除草剤を使う機械化農業、多頭飼育による畜産業、養殖漁業でなければ、日本の食料生産は労力的にも、経済的にも成り立たない。 大量に流通、消費されている便利な加工食品の衛生状態を守り、品質を保証するには食品添加物の使用が不可欠なのである。 しかし、そのことが都市に住み、スーパーやコンビニで日々の食べ物を購入している消費者には理解されていない。
もとより、農薬や食品添加物は農作物に散布したり、加工食品に添加するものだから,当然私たちが毎日、口にすることになる。現在では、全国各地から、そして海外から運ばれてくる食材や食品、名前も知らぬ食品会社が製造した加工食品や総菜、弁当などを食べている。しかも、家庭で調理をすることが少なくなり、外食店を利用することが増えている。いわば、見知らぬ生産者の作ったものを食べることが多くなっているから、農薬が残留していないか、危険な食品添加物が使われていないか、と心配をしなくてはならない。 そこで、農薬や食品添加物、飼料添加薬剤などは厳重な安全性試験をパスしたものを、使用時期、使用量などを制限して使用するように安全使用基準や残留基準が定められていて、違反した生産者、加工業者を摘発する検査制度も整備されている。
国立医薬品食品衛生研究所では、日本人の残留農薬や食品添加物の摂取実態をマーケットバスケット方式で調査している。 食事の献立にしたがって食材をマーケットで購入して、食材ごとに1人1日あたりの平均摂食量を秤り採り、そこに含まれている残留農薬や食品添加物を分析するのである。 20年前、平成12年度に調査した結果によると、私たちは1日に天然にはない化学合成の食品添加物を37種類、合計33ミリグラム摂取していたが、そのうちの29ミリグラムはソルビン酸とプロピレングリコールであった。 プロピレングリコールは生麺、ギョウザの皮などの乾燥を防ぐのに使われ、ソルビン酸はかまぼこ、ちくわ、ハム、ソーセージ、佃煮などの腐敗を防ぐ保存料として広く使用されている。 しかし、その摂取量を体重58キログラムの成人の1日摂取許容量(ADI)と比較してみると、プロピレングリコールは摂取許容量の0.7%、ソルビン酸は1.2%を食べているに過ぎず、その他の合成添加物はそれよりずっと少ない摂取量であるから健康危害はないと考えてよい。 また。 1日の食事で体内に入る農薬は17種類が検出されたが、その摂取量はどの農薬もせいぜい数マイクログラムであり、それぞれの1日許容摂取量(ADI)に比べて多いものでも5%、大多数は0.5%以下の摂取であった。 マイクログラムとは百万分の1グラムのことである。 ここれらの調査結果をみる限り、日本人が1日の食事で摂取することになる農薬と食品添加物はごく僅かであり、過度に心配することは要らないといえる。
]]>私たちの食生活が環境に及ぼす負荷のなかで相対的に大きいのが、河川の水質汚染である。昭和33年に工場排水規制法、昭和45年に水質汚濁防止法が施行される前は、製造工場から排水と一緒に排出される有機物質汚濁がBODに換算して年間300万トンもあったが、その後、産業排水の浄化処理が本格的に始まり、約4分の1に減少している。BODとは,排水中に含まれている有機物を微生物の力を借りて浄化するのに必要な酸素量(生物学的酸素要求量)のことである。いろいろの有機物が排出されるのでその量を一括して表すのに使われる。家庭の生活排水による水質汚染は東京湾に流入する河川などでは総汚濁の6割ぐらいになっていて、その4割は台所から流される野菜屑や使い残した調味料、飲み残しの酒類などである。家庭の日常生活から排水として出る有機物はBODに換算して1人,1日で43グラムになる。そのうち台所の排水に含まれる17グラムの有機物は、下水道が完備していないと未処理のままで河川や海洋に放流されるので、集まればその地域の水質汚濁の原因の70%にもなることがある。下水道が完備していても下水処理場での処理エネルギーが大きくなる。使用済みの天ぷら油500ミリリットルを流しに捨てれば、それを魚が住めるようにBODが5mg/lになるまで希釈するには約20万倍の10万リットルの水が必要である。ラーメンの汁200ミリリットルなら、1050リットル、味噌汁お椀1杯、200ミリリットルを捨てれば1410リットルの水が必要である。飲み残し、食べ残しをしないようにしなくてはならない。
家庭の食生活における省資源化についても触れておかねばならない。 スーパーでのパック販売、自動販売機、過剰包装のギフト商品などが増加して、食品、飲料用の容器、包装パック、トレーなどが家庭ごみの容量の3分の1を占めるようになった。これら食品の容器、包装材は年間、1000万トンあるらしいが、そのうち資源ごみとして分別回収されるものは260万トン、再資源化されるのは200万トン余りに過ぎない。台所から捨てられる使用済みの食品包装材や容器は戸別に分散して廃棄されるので、再資源化することが難しいのである。大部分は焼却するか埋めるのであるが、埋め立て用地に困っている自治体が多い。平成12年に循環型社会形成基本法が設定され、リデュース、リユース、リサイクルの3Rの考え方が導入されると、資源ごみの総排出量は減少し始め、資源化されるごみの比率は平均して20%に達しているが、ドイツの47%、オーストラリアの45%とくらべるとまだまだ低い。
とくに、食品、酒、飲料用のガラス瓶、金属缶、ペットボトルは年間1500億個にもなるので、その回収と再資源化に多大の費用と手間がかかる。空き缶、ペットボトルは道端に散乱し、焼却するとダイオキシンを発生するなど環境問題も派生する。産業用に使用される段ボールケース、年間81万平方メートルのうち55%は加工食品、青果物の包装に使用されている.のである。このため、出荷ベースで2000万トンにもなる容器や包装材の回収と再資源化を促進しなければならない。ガラス容器、金属缶などのリサイクル率は平成2年にはどちらも40%あまりであったが、平成7年、容器包装リサイクル法が施行されてからはリサイクル率が向上した。平成17年にはスチール缶は84%,アルミ缶は81%,ワンウエイのガラス瓶は78%がリサイクルされている。年間260億個にもなるペットボトルのリサイクル率も85%を超えた。
最近になって国際的に問題視されているのは、海洋に大量に投棄された廃プラスチックが破砕されてマイクロプラスチックとなり海の生態系を汚染していることである。リユースやリサイクルされない廃プラスチックの15-40%は海洋に投棄されて漂流し、漂着ごみになる。海岸に漂着したプラスチックごみは紫外線や寒暖差によって劣化し、海岸の砂と擦れ合って次第に破砕される。さらに再流出と漂着を繰り返すうちに大きさが5ミリ以下の微細片(マイクロプラスチック)になる。問題はこの小さなマイクロプラスチックに付着している有機汚染物質が鯨や魚類、貝類,海鳥、動物性プランクトンの体内に取り込まれることである。 2019年、主要20か国・地域首脳会議、G20サミットでは50年までにプラスッチクによる新規の海洋汚染のゼロにすることを目指すことになった。今年、国連では世界160ヶ国に呼びかけて2030年までに使い捨てプラスッチク製品を大幅に削減することを決議したのである。
因みに、日本から海洋に流出するプラスチックごみは2万トンから6万トンであると推定されている。わが国でごみとなって廃棄されるプラスチック製の食品容器や包装材は年間約1000万トンで、その19%がパック、カップ、トレー、15%がボトルである。このうち家庭で使い捨てにされているペットボトル、レジ袋、包装容器などは約418万トンと推定されているが、そのうちリサイクルされるのは23%である。そこで、環境省は2030年までにプラスッチクごみの排出量を25%削減することを目標として、レジ袋の有料化、プラスチック製ストローや皿などの使用自粛を呼びかけている。レジ袋は、既に世界の40ヶ国で製造、使用禁止、83ヶ国で無料配布を禁止している。日本のレジ袋使用量は一人当たり年間400枚、総量20万トンと推定されていて、プラスチックごみの総量に占める割合は2%ほどで少ないが、暮らしに身近な存在であるので有料化して環境問題を考えるきっかけにするのである。使い捨て容器、過剰な包装を抜本的に減らすには今日の大量販売、大量消費の食品流通形態を変えねばならないが、私たち消費者もスーパーでレジ袋を求めず、過剰な包装を敬遠して、省資源と地球温暖化の防止を心掛けたい。
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1992年(平成4年)の地球サミットにおいて、人類の産業活動により排出される二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素、フロンなどの温室効果ガスが地球の温暖化をもたらしていることが指摘され、その排出規制が国際的な課題になった。そこで、2015年に締結されたパリ協定では、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2度未満、できれば1.5度未満(今より1度上昇、できれば0.5度上昇)に抑えることを目標として、経済先進国、途上国を含めて188か国が温室効果ガスの排出削減に自主的に取り組むことを決めた。1997年に締結した京都議定書は先進国だけの協定であったので十分な削減ができなかったからである。削減量の目標は各国の自主申告に任せられているが、アメリカは05年比で28%、EU諸国は90年比で40%、排出量が世界の4分の1を占める中国は30年度を排出のピークにすると申告している。日本の温室効果ガスの排出量は年間12億トンで世界5位であるが、2030年までに13年度比で26%減らす目標を提出している。しかし、パリ協定の締結後も温室効果ガスの排出量は増え続け世紀末には3度以上の気温上昇になるかもしれないので、2019年、ニューヨークで開かれる国連気候行動サミットでは、今や気候非常事態であると宣言して、温室効果ガスの実質排出量を2030年までに45%削減、2050年までにゼロにすることを呼びかけた。
家庭の食生活によって排出される二酸化炭素はどれぐらいあるのであろうか。わが国の二酸化炭素年間排出量(化石エネルギー起源)は平成22年度で11億2300万トンであり、その内で家庭からの排出はその15%、1億7200万トンであった。日本エネルギー経済研究所が平成2年に調査した結果によると,食料の生産から加工,流通に至るまでに消費するエネルギー量は425兆キロカロリーであるから、二酸化炭素に換算すると3200万トンの排出に相当し、わが国の総排出量の3%になる。1人当たりにすれば年間250キログラムである。
家庭の台所ではどのくらいの化石エネルギーが使われるだろうか。日本エネルギー経済研究所が平成2年に調査した結果によると,食料の生産から加工,流通に至るまでに消費するエネルギー量は425兆キロカロリーであった。これは、わが国で消費する一次総エネルギーの13%に相当する。資源協会が家庭生活を営むのに必要なライフサイクルエネルギーを調査した結果を紹介しよう。首都圏に住む夫婦と子供2人のモデル家庭では、1年間に消費する全エネルギーは5100万キロカロリーであり、食生活にはその18%に当たる900万キロカロリーを消費する。このうち、食料にその54%、481万キロカロリーを消費し、調理に使う電気、ガスなど光熱エネルギーとして36%,323万キロカロリーを消費する。台所で使われる光熱エネルギーは、35%が冷蔵庫、32%がガスコンロ、19%が湯沸かし器で消費される。調理に使用する光熱エネルギーは一人、1食分が785キロカロリーだが、4人分まとめて調理すれば一人分は659キロカロリーで済む。家族が一緒に食べるなら1日の調理エネルギーは1933キロカロリーであるが、家族全員がそろわず「バラバラ食」になると、料理を温めなおしたりするから2614キロカロリーに増える。最近増えてきたバラバラ調理、バラバラ食はエネルギーの無駄使いになるのである。
]]>食料の生産にも多くの化石燃料が使われている。昭和40年ごろまでは野菜や果物は旬の季節に多く食べるものであったが、平成になった頃からハウス栽培されたトマトや きゅうりなどがいつでも手に入るようになった。消費者が季節に関係なく1年を通して欲しがるためではあるが、そのために石油エネルギーが多量に消費されていることを知っている人は少ない。昔のように太陽と雨、風に頼る自然農業であれば、栽培に使うエネルギーは収穫される作物の食品エネルギー(カロリー)より少ないのが普通であった。ところが現代のように化学肥料や農薬を多く使い、機械化し、さらにハウス栽培をするようになると、より多くの化石エネルギーが使われて、収穫される農作物の食品エネルギーより多くなる。
例えば、米作りでは耕運機、田植え機を使い、除草剤を散布するから、米、1キログラム、3510キロカロリーを収穫するのに3190キロカロリーのエネルギーが使われている。ことに、野菜をハウス栽培すると多くの石油エネルギーが必要になる。きゅうりを畑で栽培すれば、1本、100グラムを収穫するのに100キロカロリーのエネルギーで済む。ところが、加温ハウスで栽培をすると、暖房に多くの燃料エネルギーを使うから500キロカロリーが必要になる。1本のきゅうりに62ミリリットルの灯油を使い、155グラムの二酸化炭素を排出したことになる。トマト、きゅうり、ピーマンなどは約60%がハウス栽培で供給されている。いちごは90%がハウス栽培である。真冬に温室でトマト1個を収穫するには2400キロカロリーの灯油、つまり300ミリリットルの灯油が使われる。これでは、トマトを食べるのではなくて灯油を飲んでいるようなものである。省エネルギー、地球温暖化防止のためにも、まず真冬にイチゴやトマトを食べることを我慢しようではないか。
日本の農業生産に使用される全投入エネルギー(農業機械の燃料などに使う直接エネルギーだけでなく、化学肥料や農業設備などの製造に使用された間接エネルギーとの合計であり、ライフサイクルエネルギーともいう)は,昭和35年ごろに比べると3倍ぐらいに増えていて68兆キロカロリーにもなっているが、その7割はトラクター、ハウス暖房などに使われる燃料エネルギーと化学肥料、農機具,農業設備などの製造に使われる間接エネルギーとである。日本の農業は年間で石油に換算して680万トンものエネルギーを消費しているから、農産物の生産金額あたりで比較すると機械化が進んでいるアメリカ農業の5倍の石油を消費する「農業エネルギー消費の世界ワースト3」である。
化石燃料を浪費しているのは農業だけではない。肉牛や高級魚の飼育にも多量のエネルギーが使われる。牛肉1キログラムを生産するには11キログラムの飼料穀物が必要で、同様に豚肉なら7キログラム、鶏肉なら4キログラム、鶏卵でも3キログラムの穀物が必要である。牛肉1キログラムの食品カロリーは2860キロカロリーであるが、それを生産するには10700キロカロリーのエネルギーが使われる。鶏肉でも4883キロカロリーのエネルギーが使われる。ぶり、1キログラムを海で漁獲するのであれば、漁船の燃料が3481キロカロリー、漁船、漁網などを製造するのに使ったエネルギーが1239キロカロリー、合計して4720キロカロリーあればよい。しかし、養殖であると8キログラムの餌イワシや養殖施設の電力などが必要になるので、35300キロカロリーのエネルギーが必要になる。ぶり切身100グラムについて灯油440ミリリットルに相当するエネルギーが必要なのである。
養殖魚が増えたのは漁業資源の保護のためでもあるが、なによりも消費者がおいしい高級魚を安値で求めるからである。鰻は97%が養殖、真鯛は82%、ぶりは66%、ふぐも52%が養殖になった。冬のトマト、霜降り牛肉、鰻の蒲焼、鯛の塩焼きなど、今日では贅沢とは思わずに食べているが、そのために多量の石油エネルギーが使われて世界のエネルギー問題や地球環境に悪影響を及ぼしているのである。
加工食品を多く使用するようになったことも化石エネルギーの消費拡大につながる。例えば、小麦から朝食用のシリアル1ポンドを作るために必要なエネルギーは、小麦粉1ポンドを作るのに必要なエネルギーの約32倍にもなる。しかも多くの場合、シリアルそのものの加工よりその容器や包装材の製造に多くのエネルギーが消費されている。今日のアメリカにおいては、農作物の栽培、家畜の飼育から始まって輸送、加工、包装、保存、調理までをひっくるめた食料供給システムで使用されるエネルギーは、人々が食事から摂取するエネルギーを7倍から15倍上回っている。1キロカロリーの食事を摂るために、食材の生産から調理までに7~15キロカロリーのエネルギーが消費されているのである。
]]>食料の無駄使いだけでなく、食料の調達にも化石燃料が浪費されている。化石燃料や天然資源の節減が世界規模の課題になったのは、1972年に世界的なシンクタンク、ローマクラブが「成長の限界」という報告書を発表して、人口増加、資源の浪費、環境破壊がこのまま続けば、百年以内に人類の成長は限界に達すると警告してからである。我が国では、それに歩調を合わせたように昭和48年(1973年)に起きた第一次石油危機がきっかけになり、産業界での省エネルギー、省資源への取り組みが始まった。
食料の生産、輸送に伴う化石燃料の無駄遣いが問題になったのはこのころからである。日本では多量の食料を海外から輸入しているから、その長距離輸送に使う石油燃料が莫大な量になる。海外から日本に輸入する食料の重量、5800万トンにその輸送距離を掛け合わせて集計した「フードマイレージ」は5000億トン・キロメートルになる。アメリカは食料が国内で自給できるので海外からの輸入は少なく、フードマイレージは日本の3分の1で済む。フードマイレージが大きいということは、食料の輸送に化石燃料エネルギーが多く必要だということを意味する。国民一人当たりで較べてみると、日本はアメリカの8倍もの化石燃料を使って食料を輸入しているのである。
海外からの食料輸入には航空機、船舶、トラックなどを状況に応じて使うので、消費する石油燃料を正確に計算するのは難しいが、少なく見積もれば年間で600万トン、多めにみると3000万トンであると推計できる。すると、排出される二酸化炭素は1800万トンから9000万トンになる。これは全国の家庭から1年間に排出される二酸化炭素、1億9千万トンの1割、多めにみれば5割に相当する。食料がすべて国産であれば、この半分で済む。
昔は食べ物を通じて季節の移り変わりが感じられたのであるが,今ではそのようなことは少なくなり,季節や地域に関係なく年中いつでも同じものが食べられる。特に野菜類は ハウス栽培と長距離輸送によって年間を通じていつでも同じものが供給されるようになった。東京都中央卸売市場の季節別取扱量をみてみると、昭和40年ごろまではどの野菜も旬の季節の入荷が多かったのに,今では年中平均して入荷するようになり,それも、北海道や九州,四国など遠隔地から出荷されてきたものが過半数を占めるようになっている。だから、鹿児島県のスーパーで長野県産の高原レタスが売られていても、だれも不思議に思わない。遠距離トラック輸送による化石燃料の消費は大きく、例をあげるなら高知県産の農産物をトラックで神戸中央卸売市場に運ぶのは、輸送距離が4倍もある中国の山東省で採れた農産物を神戸まで船で運ぶのと消費燃料は同じである。また、オーストラリアからアスパラガスを5本、約100グラムを輸入すると453ミリリットルの石油が消費されるから、アスパラガスが石油漬けになって送られてくるようなものである。
]]>台所から出る生ごみの3分の1が、使い残し、食べ残しなど「食べられるのに捨てられた」食品なのである。環境省が平成27年に1741市区町村をアンケート調査したところ、家庭から出る食品ごみ、年間870万トンのうち、まだ食べられるのに捨てられた「食品ロス」はその35%、302万トンであった。家庭から出る食品ロス、302万トンは、一人あたりにすると毎日茶碗に半杯、金額に換算すると1世帯当たり年間6万円にもなるのである。農林水産省が平成28年に調査したところ、まだ食べられるのに捨てられている「食品ロス」は事業所で352万トン、家庭で291万トン、合計643万トンであった。実に、捨てられている生ごみ約2000万トンの3分の1が、まだ食べられるのに捨てられているのである。
終戦後の食料難を経験した高齢者は食料を使い残したり、食べ残したりはしない。ところが食べ物があり余っている時代に育った若者たちは平気で食べ残し、使い残して捨てる。20年前になるが、農水省が全国1000世帯について「食品を廃棄した理由」を複数回答で聞いてみたところ、鮮度が落ちた、カビが生えた、腐敗したというのが最も多く61%であった。ところが、消費期限や賞味期限が過ぎたからが46%、食卓に出したが食べきれなかったのが40%、いただき物を食べきれなかったが23%、準備をしたが食べなかったが12%もあった。 安売りにつられて買い過ぎて、使いきれずに捨てたり、買ってあることを忘れているうちに賞味期限が過ぎて捨てているらしい。よく考えないで食べきれないほど調理し、食べ残されることも多いのである。
消費期限、賞味期限とはその食品が良好な状態に保たれていて、おいしく食べられる期間のことである。賞味期限は長いものなら3カ月以上もあり、それも2-3割のゆとりを持たせて短く表示してあるから、期限が少しぐらい過ぎていても食べられるのである。すぐに捨ててしまわないで、色、匂い、味、保存状態などをチェックしてから捨てるのがよい。最近では賞味期限が過ぎたらすぐに捨てることは一時よりずいぶん少なくなっているらしいが、その外にも、買いすぎない、作り過ぎない、余れば冷凍して保存する、食べ残さないなどとすぐに実行できることが多い。
スーパーやコンビニでの売れ残り食品の廃棄については問題が多い。消費者は食品を購入する際に鮮度にこだわり、製造年月日が新しいもの、賞味期限にゆとりがあるものを選ぶ傾向がある。だから、スーパーなど小売店では賞味期限ぎりぎりまで棚に置いておかないで、賞味期限の70%程度が経過すれば店頭から撤去して廃棄する。弁当や総菜は細菌数が100万個に増殖する時間の少し手前を消費期限とし、それを過ぎれば廃棄している。1時間や2時間過ぎたものなら食べても安全なのであるが、万に1つでも食中毒が起こればチェーン店全店の信用が失われるから廃棄するのである。こうして、スーパーやコンビニでまだ食べられるのに捨てられる食料、食品は年間300万トンぐらいになると推定される。
世界的に食品ロスを減らそうという運動が起きるきっかけになったのは、2011年(平成23年)に国連食糧農業機関(FAO)が世界の食料生産量の3割にあたる約13億トンの食品が棄てられているという衝撃的な報告をしたことである。国連では2015年に採択した持続可能な開発目標(SDGs)において、2030年までに世界中で食料の無駄な廃棄を半減させるという目標を掲げている。我が国ではようやく本年から食品ロス削減法を施行し、自治体ごとに削減目標値を決めて食品ロスの削減に取り組むことになった。民間レベルにおいては、食品メーカーから廃棄される在庫品、規格外れ、傷もの製品などの寄贈を受けて、それを生活困窮者に届けるフードバンク運動が盛んになってきた。平成28年現在で全国60団体が活動して合計5000トンを超す食料を届けている。
]]>1.食料の4分の1が無駄に捨てられている
食べるものが有り余るほど豊かになったので、私たちは食べ物の大切さを忘れて食べるものを惜しげもなく使い残し、食べ残して無駄に捨てるようになった。私たち日本人が1日に消費する食料は平均して一人あたり、カロリーに直して2417キロカロリーであるが、その内、食事として食べる、つまりお腹に取り込んだのは1889キロカロリーである。その差は1日、528キロカロリーにもなり、消費した食料カロリーの22%に相当する。つまり、国内産、輸入を合わせて1年間に供給された食料、約9000万トンの22%、2000万トンが食べられることなく廃棄されていることになる。昭和40年にはこの差が11%であったのだから、それからの半世紀で消費者の食行動やライフスタイルが変って食料の廃棄が2倍に増えている。
わが家の台所を見回してみても、買ってきた食料の5分の1をも無駄に捨てているとは思えない。実際に捨てられている食料はどのくらいだろうか。スーパーやコンビニで売れ残って捨てられる総菜や弁当は10%ぐらいあるという。食品メーカーでも売れ残り廃棄が5%ぐらいあり、家庭では調理屑、廃棄、食べ残しが20%ぐらい、外食店では食べ残しが30%はあるらしい。農林水産省の平成17年度調査によると、食品製造業、小売業、外食店などから排出される生ごみが年間、1100万トン、家庭から出る生ごみが1100万トンであるから、食料の廃棄量は合計2200万トンである。それから10年後の平成28年、環境省が調査したところ、捨てられる食料は事業系と家庭系を合せて1676万トンであった。つまり、食べずに捨てられる食料は使用した食料の19-24%もあることになる。
このうち、まだ食べられるのに廃棄された食品、売れ残り、使い残し、食べ残しなどが600万トンから800万トンはあると推定できるので、それらをできる限り少なくすれば、魚の骨や野菜くず、腐敗したものなど「食べられない廃棄」は供給食料の12%、1100万トンぐらいに減るであろう。現在、22%にまで増えている廃棄量を12%に減らすことができれば、食料自給率は38%から45%に戻ると計算できる。簡単なことなのであるが、これができていないのが問題なのである。 続く
]]>グローバル化した食料経済システムの被害をもっとも大きく受けたのは国内の農業である。国内農業は耕地が狭く、労働コストが高いので農産物の生産価格が海外諸国に比べて高く、安い輸入農産物に対抗できないのですっかり衰退してしまった。足りない食料は無理をして国内で自給するよりも海外から安い食料を輸入するのがよいとしてきたためでもある。この対応は経済学者デヴィッド・リカードが提唱した「比較優位の法則」に適っていた。つまり、日本は最も効率よく生産できる工業製品を輸出して、生産性の悪い農産物、畜産物は海外諸国から輸入して調達するのが、双方の国の経済にとって好ましい結果になると考えてきたのである。の結果、年間に5800万トンもの食料を海外から輸入することになったのであるが、それを可能にしたのはグローバル化した食料供給システムを利用することができたからでもあった。
国内の農水産業を苦しめている原因は、生鮮食料品の巨大で複雑な流通経路である。卸売市場は各地で少量、多品種に分けて生産される青果物、水産物を、消費地の大量需要に応じられるように一括集荷し、公正な市場価格を決めて、消費地の外食店や小売業者に小分け販売してくれるから、全国に散在する生産者と消費地の小売店や外食店をつなぐために必要にして便利な存在である。しかし、流通経路が多段階に分かれているために、それぞれの段階ごとに取扱手数料と輸送費などの経費が必要になり、それがすべて生産者の負担になることが問題である。卸売市場で決まった市場価格からこれらの流通経費を差し引いた金額が生産農家に支払われる。青果物、水産物ともに流通が全国規模に広がり、市場価格は生産地とは関係なく消費地側の都合で決まる。その結果、生産農家の手取りは消費地での小売価格の30%前後にまで少なくなることが多い。
生産農家はこれらの理由で生産コストに見合う利潤を得ることが難しくなり、国内の農水産業が衰退することになった。国内の農業総産出額は昭和60年の11兆6千億円をピークに減少を続け、平成23年には8兆2千億円になっている。平均的な販売農家の農業所得は108万円に過ぎず、農業では生活できないので、販売農家でも8割が兼業農家であり、給与や年金で家計を維持しながら農業を続けている。農業だけでなく漁業も厳しい状況に直面している。50年前に80万人であった漁業人口は今や18万人に減少し、沿岸漁業者の平均年収は300万円に足らず、漁業総生産額は1兆6千億円に減っている。
農業生産額は60年前には国内総生産の11%を占めていたが、平成28年度には国内総生産に対する比率が僅かに1.6%に減少した。高度経済成長が始まる直前、昭和31年の食品関連産業の経済規模は約4兆円で小さかったが、その35%は食料を生産する農家や漁業者に還元されていた。今はフードシステムの規模は約80兆円に拡大しているが、その10%が一次生産者に還元されるだけである。いくら科学技術が進歩しても人工では作れない食料を生産している農家や漁業者が報われなくなったのである。
このような経過で、食料を生産する農水産業に比べて、その食料を加工する製造業、流通させる流通小売業、料理を提供する外食サービス業が膨張し過ぎてしまっている。食料、食品は自給自足するものからお金で買うものになり、食事は家庭で調理するものから調理済み食品を利用するか、外食店を利用して済ますものに変わった。昔は命をつなぐために自給自足していた食料が、今や、巨大な食料経済システムの商品と化して金銭で売買されるものになり、そして、その膨張し過ぎた食の経済システムを支えるために、企業は宣伝や情報を使って私たち消費者に必要以上の食の豊かさと便利さを求めさせ、食料の過剰消費、無駄遣いを強いていると言ってよい。
そのほかにも、経済効率を何よりも優先する巨大なフードビジネスは、巨額の社会的費用を派生させていることを忘れてはならない。経済効率のよいフードビジネスのお蔭で食材や外食サービスの直接的な値段は安くなったが、食材、食品の価格に転嫁することができない外部性コストが発生して、最終的には公共体の大きな負担となっている。後で詳しく解説することであるが、農作物を増産するために多量に投入した化学肥料や農薬は自然の環境や生態系を破壊し、それを回復させるために多額の国家費用が使われる。安い輸入農産物に押されて国内農業が衰退し、休耕地や耕作放棄地が増えると、土壌流失や水害が増える。食料を世界中から輸入しているから、海外の遺伝子組換え農産物やBSE、鳥インフレエンザなどが直ちに台所に持ち込まれる。加工食品や調理済み食品が増えたので、その原料に農薬が残留していたり、危険な食品添加物が使われたりして食生活の安全性が損なわれる。これらの食品の安全性を確保する社会制度を整備するには多くの国費を必要とするのである。食料が豊かになったのをよいことにして過食、飽食をするから、肥満者が増え、それに伴って生活習慣病が激増して国民の健康を損ない、国民医療費や介護費を増大させている。家庭では個食やバラバラ食が増えて家族の絆が弱くなり、伝統の食文化が忘れられるなど文化的損失も大きい。世界的に見ると、巨大なグローバル食料経済システムは貧しい途上国を置き去りにして、10億人もの飢餓者を生みだしてきた。これらの目に見えない社会損失、社会的コストを取り返し、修復するには、巨額の社会費用が必要であることを忘れてはならない。
20世紀の前半において世界の食料不足を解消し、多くの人々の豊かな食生活を実現した巨大なアグリビジネスとグローバル化した食料供給ビジネスは、今やいくつかの成長限界に直面している。現代の食の世界が抱え込んでしまった問題の多くは、もはや食の分野だけでは解決できない大きな社会問題になっているのである。自然の生産力を無視して必要以上の食料を増産し、必要以上に食生活の豊かさと便利さを追求してきたことがよくなかったのである。改めて、「今後はどのようにして食料を生産し、どのように消費するのがよいのか」ということを考え直してみなければならなくなっている。
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