ホットケーキの品質をよくするために、小麦粉に塩素ガス処理(クロリネーション)をするという事が前回話に出ました。ホットケーキを焼いてすぐのまだ熱いホットケーキを口に入れて食べたとすると、ホットケーキは口の中で団子状になってケーキ本来のスポンジ性が失われてしまう事は前回お話しした通りです。それが大きな問題でした。
これを改良する為に、本来小麦粉の漂白を行う事が目的であったクロリネーションが、この口腔内でのねとつき感の消失にも効果のある事がわかり、エキサイテイングだったわけです。しかしその理由は全く不明でした。
なお小麦粉の漂白は永い間の人間の望みでした。白い粉で白いパンを、白い粉で白いケーキをと製粉技術が進歩してきました。しかしもう白くできる限界です。そこで塩素という薬に頼った訳です。
小生が森永に入り、求められた研究テーマはこのホットケーキの品質改良をクロネーション以外のものでやれないかという事でした。これは難題でした。
まずクロリネーションとは一体小麦粉にどのように効果を示す反応なのか、その化学的な作用機作なる物が不明だったからです。どうしたらよいのか。何をターゲットに研究したらよいかでした。
上司の松木氏は私に非常によいアドバイスを与えてくれました。それは1968年に書かれた論文(Cereal Chem. 35:100(1968))の紹介です。著者はW. F. Sollarsで、当時ワシントン州立大学の教授だったと思います。彼の論文は小麦粉の分画、再構成の研究、さらにその分画区分を用いて再構成粉を作り、その合成粉でケーキベーキングを行うという研究でした。小麦粉をバラバラにし、それを再構築して膨化食品を作るという訳です。そんな事が出来るのかという事でした。
このテクニックを用いて、ホットケーキに与えるクロリネーションの効果の原因、メカニズムを捜す事が大きな方法ではないかと考えました。
小麦粉の分画をまず行ってみました。酢酸でpH3.5にすると小麦グルテンは可溶化します。この性質を利用するので酢酸分画法と呼んでます。
小麦粉に水を加え、撹拌、遠心分離して、小麦粉中の水溶性区分(アミノ酸、ペプチド、水溶性多糖類、タンパク質等)をまずわけ、その沈殿物を酢酸溶液(pH3.5)に懸濁し、これにとけるものをグルテン区分としました。さらに不溶の物のpHを5.0にし、よく懸濁して遠心分離すると沈殿物は2層に分かれます。その上部の黄色いねっとりした物がテーリングス区分(水不溶のものすべてのくるごみため)、底部の純白な区分がプライムスターチ区分(麦類にはデンプン粒は大粒と小粒があり、ここには大粒が来て、小粒はテーリングスに混入します)です。
こうして小麦粉をきれいに4区分に分画し、ほぼ回収率は100%です(水溶性区分10%,グルテン区分10%,テーリングス区分40%,プライムスターチ区分40%ほどの比率)。これを乾燥後、小麦粉と同一比率でブレンドして焼いた時、もとの小麦粉で焼いた物と同一のものが出来るかどうかです。いろいろと苦労して3つの制約(撹拌時間、液体/固体比率、pH)をきちんと揃えると再現性良くできる事が分かりました。その条件でホットケーキを焼き、クロリネーションした小麦粉でも同一のことを行いました。次にはこの4区分の入れ替えを行い、ホットケーキベーキングしました。
その結果、プライムスターチ区分の入れ替えを行ったときにだけ、ホットケーキが口の中で弾力性の生じる事が分かったのです。それまでに多量の小麦粉と大きな時間とエネルギーを使いました。こうしてクロリネーションのメカニズムが判明しました(Cereal Chem 54(2):287-299, 1977)。
驚くのは、こんな話を学生にすると、生まれてないのです。
次は次回に話します。
ちろ
さん今まで何考えずに小麦粉を使っていました・・・
こんなにも研究が重ねられていたことは知りませんでした。
ちょうど生まれる10年前なのですが、
小麦粉だけに関わらず、普段普通に使っている食材も
このような研究の積み重ねでできたものだと思うと、
感謝しなければいけないな、と思いました。
shin
さんクロリネーションのメカニズムが判明するので、莫大な時間とエネルギーが費やされたことが伝わってきます。たくさんの方に知って頂きたいです!
偽PT
さん小麦粉もおくが深いですね。大変な研究だと思います。
こういう研究があったので、今美味しいホットケーキが食べれるんしょうね。
1977年は、私はまだ2歳でした。
Shozzy
さん学生時代に研究をしていましたが、成果が出るまでにはエネルギーも時間も必要ですね。学部+修士ではとても足りませんでした。
私は今は研究とは離れた仕事をしていますが、こうした素晴らしい成果が日本からたくさん生まれるといいなと思います。
トーテム
さんさらっと一文で膨大な小麦粉とエネルギーをと書かれていますがさぞ大変だったでしょうね。
でもこういう研究は苦労も大きい分やりがいがあるのでしょう。
ちなみに私もこのころは生まれていません。
オサム
さんお話を読んでいるだけでは
分解して組み合わせによる
膨化確認を行えば
プライムスターチ区分に行き着くのが
必然のように思えますが、
当然ながら
時間とエネルギーを膨大に
使って行き着いたのだろうと
おもわれます。
1977年(昭和52年)。
そりゃ今の学生は産まれてないでしょう。