小麦粉の酢酸ガス処理によリ得られる製パン性改良のメカニズムは、ドウの伸張実験、ガス発生実験から二つのメカニズムが考えられました。

その一つは、イーストの発生するガス量への酢酸ガス処理による影響でした。すなわちイースト菌体への酢酸の影響でした。

いま一つは、酢酸ガスによる小麦粉ドウ物性への影響でした。すなわち小麦粉の酢酸ガス処理によって、それを使ったドウはよりやや柔らかくなり、少々伸張するようになるのでした。

その理由については以下のように考えました。

これまで小麦粉の酢酸分画法については何度かお話しいたしましたが,酢酸を使って、小麦粉を水溶性区分(10%)、グルテン区分(10%)、テーリングス区分(40%)、プライムスタ?チ区分(40%)に分画するのです。特に水溶性区分、グルテン区分を除いた後、テーリングス区分を分画するのに、pH3.5の状態の懸濁液を撹拌しながらアルカリを添加してpH5.0に戻します。その間、懸濁液はかなりの粘性変化を示す事が観察されました。
懸濁液のpHを3.5から5.0に戻すとその粘性は消えて、急激にしゃばしゃばの懸濁液に変化し、この現象は面白いなと以前から思っていました。

こうしてから遠心分離するとプライムスターチ区分(純白のドライな層)とテーリングス区分(黄褐色の粘度のある層)はよく分離するのです。プライムスターチとは、デンプン大粒(?20μm)又はA粒の事ですが、このpHによる粘性変化とは関係ないでしょう。このpH3.5で粘性を高くしたのはテーリングス区分です。

こうして考えると、酢酸ガス処理でドウ物性の変化を生じた原因となったのは、テーリングス区分中の何かがその酸性化に伴って生じたためと推察されました。


テーリングス区分とは辞書で辞書を引くとわかるように、ゴミ箱のくずという意味です。ここには小麦粉中の水不溶性物質が集まり、それは水不溶多糖類、タンパク質であり、脂質です。そのうちpHで変化しやすいのはやはりタンパク質でしょう。


テーリングス区分のみを取り出し、その懸濁液のpHを変化してスターラーで撹拌するあいだ、pHの低下で見る見るうちに粘度があがってくる事が簡単に観察されます。果たしてこれがタンパク質かどうかの決め手は、この中にプロテアーゼを加えた実験です。この酸性下で働くプロテアーゼはペプシンでしょう。


ペプシンをテーリングス区分に添加して撹拌してゆくと、テーリングス中のタンパク質区分に働いて、急激にその性質を失ってゆく事が観察されました。すなわちペプシン添加で、pH を変えなくてもこれまでの粘性が消え、しゃばしゃばの懸濁液に変化したのです。


この事から、テーリングス区分中のタンパク質への酢酸の影響があって、良く吸水したドウの物性はやわらかくし、その結果粘性発生にいたり、ドウに物性の変化にいたり、製パン性改良に至ったものと推察されたのです。


つづく

ちびすけ

  さん

今年も先生のブログで、パンについて学んでいきたいと思います。本年もよろしくお願い致します。

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azuuu

  さん

テーリングス=ゴミ箱のくず みたいに
よくお菓子はきらびやかな例えより、「不必要」な
例えのものが多いですね。

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りんご

  さん

テーリングス区分を辞書で引くと
意外な意味をもっているんですね!

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ひぽぽ

  さん

なかなか難しいですが、
酢酸が引き続き関わってきているのですね。
今後の展開が気になります。

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ぽん

  さん

頑張って理解しようと思って、テーリングス区分をネットで調べたら・・・瀬口先生のブログばかりにヒットしました。やっぱり相当専門性の高い研究なんだろうなと感じました。今年も頑張って先生のブログを追いかけていきます。

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太郎

  さん

なるほど
この複雑な化学反応がどこまで続くのか
大変興味がありますね。
先生の研究熱心さにはおどかされます。

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shin

  さん

ペプシン添加で、粘性が消えしゃばしゃばの懸濁液に変化するという過程が目に見えてわかるのは大変興味深いですね。

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いちご

  さん

PHによって一番影響を受けるのはたんぱく質なのですね。

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ダンボ

  さん

これでは、梁を失くしたパンになってしまわないでしょうか。
それに、酢酸による、イースト菌に与えるストレスも気にな
ります。

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ゆう

  さん

製パン性を改良できるのに、そのテーリングス区分の意味がゴミ箱のくずなんて失礼ですね(笑)
研究というとお堅く聞こえますが、遊び心を持っていろいろ考えてみるとなんだか面白そうですね。

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ろい

  さん

より美味しいパン作りのために!
と日夜難解な化学式や試薬と戦う方々に
心からの感謝と労いの言葉を。

あなた方のおかげで
我々一般ピープルは日々
美味しいパンを食せるのですね。
本当にありがとうございます!!

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ふたちゃん

  さん

いつも大変勉強になります。
先生の記事を読むと、物事をみる観点や思考をもっと変えてみよう!と思えます。

本年も楽しみにしております。

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Shozzy

  さん

相当勉強しないとよくわからないとは思いますが、すごい研究をされてるのは伝わってきました。
情熱がないとここまでできないんだろうなと思います。

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ジョー

  さん

専門用語が多く、素人にはわかりにくいです・・・。

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トーテム

  さん

なかなか難しいですが、たんぱく質の変容がカギということでしょうか。
そこが分かれば、そこに焦点を当てていけば色々な実験が出来昌ですね。

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オサム

  さん

酢酸によってイースト菌が活性したというのは
直接的な原因ではなかったのですね。
たんぱく質変化による粘性向上であれば
酸性化する材料を添加すれば何でもOK何でしょうかね。

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