1、「モロコシ固(かた)かゆの特徴」
アフリカ人の主食であるモロコシ固かゆは、モロコシ麦芽でミルク状までその粘度を下げ栄養価を落とさずに離乳食として利用できる。そのモロコシ麦芽も特別のものではなく、自分たちの飲むアルコール飲料に使うモロコシ麦芽なので簡単に使える。今までこの組み合わせを知らなかったアフリカ人に欧米の研究者は伝え、彼らを勇気づけアフリカ小児の命を救ってきた。このアイデアは現代の我々の老人が抱える嚥下障害の問題にも応用できるだろう。
2、「欧米研究者のヒューマニズム」
欧米の研究者は、数々のブレークスルーアイデアをアフリカ人の救済のために考えてきた。ナショナルアカデミープレスの「アフリカ、忘れられた穀物」をこの1-2年間、New Food Industry誌で紹介してきた(2022 Vol.64 No.7 496~2024 Vol.66 No.1 )。その中に展開される欧米研究者のヒューマニズムにはつくづく感心させられてきた。我々が放擲してきた古いアフリカ穀物、モロコシなどの研究開発の必要も強く感じさせられた。小麦、米、トウモロコシは完全に家畜化が進み,反面モロコシ等の穀物の開発研究が遅れている、これが現在の食糧供給の遅延の原因の一つである。欧米研究者によるアドバイスは今から30年も前のものであるが、確実にアフリカ人の生活を豊かにしてきた。ここではその1つのアドバイスを紹介し、我々日本人研究者もこれからどうあるべきかを考えたい。
3、「アフリカ女性の重労働」
ほとんどが女性と子供だが、恐らく5000万人のアフリカ人は、一年中毎日、その日に家族が食べる穀物の準備に何時間も費やしている。彼らは通常、穀物(主にモロコシ)を水にしたし、重い木の棒の先で叩いて外側の種皮を落とし、糠を分離するために叩いた混合物を箕で挽き、穀物を湿らせ、最後にもう一度たたいて粉にする。家族の食事に十分量(約2.5kg)のモロコシを挽くのに女性2人で約1時間半、臼と杵で粉にするのにさらに2時間、時によってはそれ以上かかる。粉はすぐに腐敗し、後に取っておくことが出来ないため、毎日天候のいい日も悪い日も、病気や体調が悪くてもそれに関係なく行わなければならない。モロコシの加工や調理には、米よりも時間がかかる。女性は畑やコミュニテイで働くため、加工や調理に使える時間はどんどん減ってゆく。モロコシの小規模な加工工場でもあれば、モロコシの消費を促進するのに役立つだろう。毎日朝夕に穀物を挽くと言う雑用から女性を解放することで、ライフスタイルの選択肢や雇用の機会が増えるかもしれない。穀物を機械的に製粉するためにはお金を払わなければならないという事実にもかかわらず、この欧米アイデアのミニ製粉産業は既にアフリカの一部で定着しはじめている。
4、「アフリカ小児の離乳食」
小児の母乳から離乳食への変換が難しく、アフリカでは多くの小児がこの時期に死亡している。30年前には何百万人の小児が毎年栄養失調で亡くなったと言う。これまで衛生的な母乳で、しかも栄養分たっぷりの母乳で育って来た乳児は、ある時期から突然離乳期を迎えるようになる。離乳期は幼い子供が母親からの母乳の全くない食事への変化に慣れるまでの時間であり、1年以上かかることもある。アフリカなどでは特に不衛生なおかゆに切り替えられる。多くの子供はこの時期を生き延びることができない。例え生き延びたとしてもその多くは体も恐らく心も発育不全に陥り、生まれながらの期待されたことを完全に達成は出来ないだろう。
モロコシ、あるいはヒエの固いおかゆがアフリカ人の常食である。それは家族が毎日食べている食事であり、アフリカ人には乳児のための離乳食調製の時間余裕も、経済的余裕もなく、自分達の食べるモロコシ固かゆを乳幼児にたべさせるわけである。歯もなく大人のような消化力も吸収力も体にはまだ備わっていない乳児に固いおかゆをそのまま食べさせるわけにはいかない。そこで母親はこれを水でうんと薄めてミルクのように飲みやすくして乳児に与えて育てる。前述の様に母親は連日の激しい労働に時間が奪われ、乳児のためにだけに食事を一日に何度も作ることは出来ない。水で薄めたおかゆでは、子供の体に栄養分,エネルギーは十分とは言えない。しかも不衛生な食事は大人に取っては耐えられても乳児に取っては耐えられない。栄養失調と多くの感染症で次々と乳児はこの離乳食の時期に死んでゆく。
5、「モロコシという穀物」
光合成の中で最も効率の良いC4「リンゴ酸」サイクルを採用しているのはサボテン、アロエ等である。アフリカ人の主食であるモロコシも光合成効率の高いC4植物の一つである。この太陽光を効率的に利用するモロコシの様な食用作物はごく僅かであり、主な作物ではサトウキビ、トウモロコシだけである。モロコシは最も早く成熟する食用作物の一つで、全ての穀物の中で最もタフな穀物の一つである。ひどい降雨にも、湛水にも耐える。数週間水中に放置しても生延びる。乾燥耐性もある。塩分にも耐える。この作物は熱くて乾燥した過密な地球に取ってこれまで以上に重要な資源となるであろう。熱帯地方や亜熱帯地方で益々苦境にたたされてされている食糧供給を支えるために、モロコシの重要性が高まることは間違いない。
6、 「モロコシの持つ発芽能」
モロコシはトウモロコシによく似た栄養分の整った穀物である。欠点としては他の穀物同様リジンが不足している。そのためモロコシは食品としてアミノ酸スコアが低い(35.5 %)。しかしモロコシには大麦同様、麦芽能が強いので、アフリカ人はモロコシの粉末を1ヶ月に渡って乳酸発酵させたりアルコール発酵させたりしてリジン含量を上げ、アミノ酸スコアを上げる(50-60%)ことをやっている。
7、「モロコシビールについて」
数世紀に渡りアフリカ人には主食の様なモロコシビールがあり、祭事、あるいは人の集まりのあるところではこのアルコール飲料が各家庭で作られ大量に飲まれていた。アルコール含量は3-4%程で、かなり濃厚な特性とさわやかな酸味のある飲料である。アフリカの村々では何世紀にも渡って女性達がこのモロコシビールを醸造してきた。モロコシビールの作り方は以下の様である。モロコシの種子を水に浸す(1日)。これをむしろの下で1−2日ねかせて発芽させた後、天日で乾燥し粉砕にする。モロコシ麦芽である。粉砕したものを水と壷に入れて1晩寝かせる。鍋に入れて火にかけ、冷ましてからこす。ろ液を醸造専用の酵母(Saccharomyces cerevisiae)の付着した甕(かめ)に入れて発酵させる。一晩寝かせて完成後、瓢簞(ひょうたん)の器で飲む。このアルコール飲料は、冠婚葬祭,共同労働の後,日々の憩いの時間など人が集う場所には欠かせない飲み物で暑くて食欲がないときでもこれを飲むと力がみなぎるという。栄養不良により免疫力や集中力の低下などに陥っているアフリカ人はいない。モロコシビールを年令、性別、農繁期、農閑期を問わず、朝6−7時から夜8−9時までの活動時間農地の3−5割の時間をこの飲料の摂取にとっている。瓢簞に入れたこのアルコール飲料を持って畑にゆき、のどがかわいたり、お腹が減ったりするとこれを飲んで休息する。日差しがきつい昼間は,木陰で飲みながら休息する,農閑期には朝起きて寝るまでの13時間農地での半分をモロコシビールの摂取に当てている。食卓を囲む時飲む、ゆっくり時間をかけることで多量のモロコシビールを摂取しカロリーと栄養をとる。栄養価とカロリーが高く、アルコール濃度が低度なため多量に摂取出来るモロコシビールが主食とされる。普段食べているモロコシを一部とりおき、どこの家でも家のかたすみで麦芽を作り貯蔵してあり、必要があればその一部を使ってアルコール発酵させてみんなの家庭の楽しみあるいは主食代わりの飲料にする。
8、「モロコシ麦芽の離乳食への利用」
タンザニアではこのモロコシ麦芽を、固いモロコシおかゆに少量入れ、湯に数分間浸けておくと、柔らかくなることに気がついた。これを離乳食に利用していたのである。これまで固かったモロコシおかゆはアミラーゼで分解され、デンプンの保水力は低下し栄養分は失われることなく柔らかくなり、小児にも大人同様の栄養分を与えることが出来る。このモロコシ麦芽を使い離乳食をつくれれば経済的にも問題ない。麦芽中のα--アミラーゼはデンプンのα--1,4結合をランダムに切断してデンプンの粘度をさげてくれる。液状にまでしてくれる。食味は甘く美味しくなる。中に入っているそれ以外の酵素、例えばプロテアーゼなどは穀物中のタンパク質を分解してアミノ酸の栄養成分を上昇させる。このことをタンザニアの人は知っていたのだ。欧米の研究者はどこの家庭にもあるモロコシ麦芽を使って安全な離乳食を作れることをアフリカの母親に盛んに勧めた。これでアフリカの乳児は救われた。さらにアフリカ人は乳酸菌を使った酸っぱいおかゆ(Oji,あるいはUji)も大好きで、これもモロコシの固いおかゆの粘度低下に使える。乳酸菌はpHを低下させ、病原性下痢の抑制にもなる。乳酸菌のおかゆを乳児食に利用して乳児の生命を救うブレークスルー(突破)も欧米研究者はアフリカ人に勧めた。
9、「我々の嚥下困難者用食品への利用」
さらにこれらのアイデアは現在我々が当惑する老人の嚥下障害の問題にも利用出来るのではないか。どうしても水で薄めて希釈して粘度を下げると栄養分が不足し、高齢者になると低栄養状態に陥る。低栄養は疾患リスクを高める。消化吸収の第1歩は口腔内消化で咀嚼と嚥下による物理的消化である。麦芽など我々は簡単の入手出来るのであるから、アフリカ人の乳児食に簡単に利用するこの技術は、現在の老人用の嚥下困難者用食品などにも利用して、栄養価を落とさずに粘度を下げて食べやすくするのに好都合な考え方ではないだろうか。あるいはそこには乳酸飲料、乳酸食なども利用出来るのではないだろうか。