親子で暮らす世帯を調査したところ、毎日、家族そろって夕食を摂っている家庭は3割強、週に2,3日である家庭を含めても6割強に過ぎない。父親は残業、母親も勤めやパートに出ていて早く帰らず、子供はクラブ活動や塾通いで忙しいから、家族バラバラで食べることが多いのであろう。朝食は出かける時間が家族バラバラであるから、家族全員がそろうことがない家庭が3割を超えていても不思議でない。 家族全員が毎日揃って夕食を摂る割合は東京では30%であるが、ニューヨークでは40%、パリでは60&をを超えている。東京が最も少ないのはなぜだろう。

 世界のどの国でも食料の乏しい時代には家族は一緒に食事をするものであった、敗戦直後の食糧難の時代には、家族が乏しい食料を分け合って暮らし、家庭の中心は「食べること」にあった。親は空腹を我慢しても、子供には腹いっぱい食べさせようとした。子供心にも親のありがたさ、食べ物の大切さは身にしみて分かるから、一緒に食事をすることが家族の連帯感を生み出していた。ところが最近の調査によると、自分たちは家族だなと感じるのは「一緒に食事をしているとき」と答える人は4割に過ぎない。

 かつては家に帰らなければ食べるものがなかった。今は外食店やコンビニなどで何時でも、好きなものが食べられる。食事は空腹を満たし、栄養さえ摂れればよいものと考え、一人で都合がよい時に手早く済ますのであろう。

 一人暮らしの人であれば夕食の8割が孤食であっても不思議でないが、夫婦暮らしでも10%の人が、子供がいても16%の人が個食である。バラバラ個食あるいは孤食という食事形態では、親子や夫婦の会話と触れ合いが薄れていくことを否めない。かつては食卓で子供が学校での出来ことを話すのを聞いてやり、日常生活の躾をしていたのである。この問題は突き詰めていくと、家族とは何か、家族の幸せとは何かという大きな問題に発展することなのである。食事の便宜性ばかりを追及していてはならない。

かぞく

  さん

家族の幸せ・・・これは難しいですね。
共に喜びを分かち合い、苦しみを乗り越え、いつまでも一緒にいる存在
というべきでしょうか・・・?

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ダンボ

  さん

折りたたみ式の丸い食卓で、家族全員が食事していたのが、長方形のテーブルに変わった。テーブルをかたずけて、布団を敷いて、みんな一緒に寝ていた生活から個室へ・・。
確かに、世界のどの国でも食料の乏しい時代には,家族は一緒に食事をしているようです。
だからと言って、昔には戻りたくありません。家族の絆を一層強めつつ、お互いの行動を尊重した、あたらしい家族の在り方、食卓の囲み方を模索していきたいものです。

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オサム

  さん

家族の団欒が食事の風景であったのは
何時のころから無くなってしまったのでしょう?
日本人は何を得るために
家族のありようを犠牲にしているのかが
わからなくなってしまいますね。

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りぃこ

  さん


私は食事というのは、楽しむ幸せの時間だと思っています。
しかし、家族がいる環境であっても、一人でテレビを見たり携帯をいじって食べたりというのは食事はさみしいものという位置づけにしてしまうように思います。

食に興味をもってもらうためには、食は幸せで楽しいものという位置づけにもっていくことが大切だと感じています。

家族の中で少しでも共食できる時間を増やす動きがあればと願います。

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夢苺

  さん

私の家庭も、いつからか
家族みんなの時間が合わず
バラバラに食事している
ことに気付きました。
もしかしたらご飯を一緒に
食べないことで家族の会話が
少しずつ減ってきているのでは
と思います・・・・
家族全員が揃う時間を、今まで
以上に大切にしていかなくては
ならないと実感しました。

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ポテト

  さん

橋本先生がおっしゃるように食事とは単に栄養を摂取するものだけではないと思います。人とのコミュニケーション、会話、表情は食事中にも多く作られていくものであり、精神的にも健康になれる要素であります。
東京ではどのようにすればこの状況を改善できるのでしょうか。私は家庭ごとに生活時間が異なるため、各自の意識変革が必要であるように思います。

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シフォン

  さん

家庭の中心が食にあること、私も強く共感します。ひとつの食卓を家族で囲むことによって、会話、愛が生まれ、人間性は育まれると思います。非常に重要なこと。この社会問題を解決していくことは、栄養士の役目だと思います。

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りょう

  さん

家族の幸せとは何か、考えさせられました。
うちでは、一番遅く帰る父親に合わせようとしていましたが、我慢できなくなり、家族一緒に食事をとることがなくなりました。1人で食べるのはやはり美味しくないですね。父親の食事のときは近くにいて、話をするようにします!!

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はな

  さん

私の実家でも、私が小さい頃に比べるとそれぞれが食事をとることが多くなっていると思います。それでも家に帰るとリビングに居たくなるのは、食事に付随する家族とのふれあいを求めているからなのだと思います。働いたり、外に出ることが増えると自分の中の食事概念が簡素化してきてくることも頷けます。外食が多くなったことですが、食事の中でのふれあいを忘れずにいれば、家族以外の方とも一緒にご飯が食べられるようになったと捉えることもできることなのではないかなと思います。

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わたぼう

  さん

私の家も、家族そろって夕食をとることは、幼いころに比べるとかなり減ったと思います。
家族が今日何をしていたのか等、夕食を一緒にとることは、家族間のコミュニケーションにもつながると思います。
先生のブログを読んで、これからは、なるべく家族そろって夕食がとれるようにしていきたいと思いました。

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creo

  さん

食事形態の多様化が便利さと引き換えにたくさんの大事なことを失くしてしまっているのではないかと心配になりました。

私の家族も、父はサラリーマンで平日は帰りが遅く
私や妹も習い事や塾で夕食が10時を過ぎることがありましたが
そのとき母は、食事をする私たちの前に座り
食卓に一緒に座りながらお茶を飲んで学校であった話などを
聞いてくれていた記憶があります。

現代社会の中で妥協していかなければいけないことももちろんあるのでしょうが
「家族の食事」の形を守っていく努力を怠ってはいけないと感じました。

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alchemy

  さん

「同じ釜の飯を食った仲間」なんて表現があるように、誰かと一緒に食事をする、というのは特別な意味合いがありますよね。食事は生命活動を維持する根幹だからでしょうか。

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わらびモチ

  さん

先生のおっしゃる事わかります!でも逆に日本の良い文化が出ているとおもいませんか?(^し^)日本人は同じ部屋に友達といても一方は本を読んで一方がテレビをみるなどを自然にできます。しかしアメリカやヨーロッパでは自然にそれを行う事が難しいみたいですよ!日本人は行動を合わせようというより尊重しようといった良い文化を持っているのかもね!

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ミー

  さん

朝ご飯は6時、夕飯は18時と
時間が決まっていました。

その時間に帰ってこれない場合は
別に食べるのですが、母親が付き合ってくれたり
していたので、1人で食べる機会は
少なかったように思います。

1人暮らしをしてみて、誰かと食べる食事は
美味しく感じるものだなと実感しました。

仕事や学校など常に一緒~というのは
難しいと思いますが、自分が家庭を持つ場合は
出来る限り食事の時間を大切にしたいと思います。

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