近年、海外では和食ブームが起きているが、外国人たちは和食をどのようなものとして捉えているのであろうか。幸い、それを知る手掛かりになる本が出版された。フードジャナリスト、マイケル・ブース氏が著した「英国一家、日本を食べる」とその続編である。パリの有名な料理学校、ル・コルドン・ブルーで修行した経歴の持ち主であるマイケル・ブース氏が家族と共に日本全国の和食と和食材を食べ歩いた紀行文である。

東京ではデパ地下の食品売り場を覗き、焼きそば、焼き鳥、相撲部屋のちゃんこ鍋、高級天ぷら屋、回転ずし、高級鮨店を食べ歩き、北海道ではバターコーンラーメン、蟹料理、アイヌ料理、昆布干し、焼津で鰹節づくり、京都では京懐石料理、流しそーめん、鯖鮓、湯豆腐、豆腐田楽、日本酒、大阪でお好み焼き、たこ焼き、串カツ、おでんを食べている。松阪で和牛牧場、香川では醬油醸造を見学し、下関のフグ料理、博多の豚骨ラーメン、沖縄のゴーヤチャンプル、豆腐よう などを貪欲に食べ歩き、料理人たちを取材したのである。

食べ歩きを終わったブース氏の率直な感想は「日本料理にはこんなにも眼が眩むほどの多面性があり、地域性が豊かで、面食らった」であった。異邦人である彼は、伝統的な懐石料理や精進料理などと同じように、ラーメンや焼き鳥、串カツ、たこ焼きなどを同じ日本料理であると考えている。もし、ブース氏が家庭の夕食を覗く機会があったなら、すき焼き、しゃぶしゃぶ、とんかつ、オムライス、海老フライ、肉じゃが、豚汁なども日本の料理として食べたに違いない。欧米人は食材や味付けに対する考え方が自分たちの国とは全く異なる日本の食べ物を日本料理とみなして強い好奇心を示すのである。

現代の日本人が食べている食事は戦前のそれに比べてずいぶん変わったものになり、レパートリーが広くなっている。魚介や野菜、豆腐や湯葉、麩、茸や海藻などを昆布や鰹節の出汁と醬油、味噌、味醂で味付けする典型的な和風料理は少なくなり、それに代わって欧米風あるいは中華風の料理が増え、そして、日本料理でもなく、欧米風料理あるいは中華風料理でもない「ハイブリッド料理」が生まれている。それは、明治、大正時代に考案されたすき焼きやカレーライス、とんかつ、コロッケ、海老フライなどの洋食であり、また、第二次大戦後に広まったラーメン、焼きそば、焼き鳥、串カツ、唐揚げ、生姜焼、肉じゃが、豚汁、たこ焼き、お好み焼きなどがそうである。家庭で作る和風惣菜にも牛肉や豚肉、バター、マヨネーズ、オリーブ油やピーマン、キャベツなどの西洋野菜を使うことが増えている。

これらの料理はもちろん伝統的な日本料理ではないが、欧米料理でもなければ中華料理でもない和食系の料理である。伝統的な日本料理には使わない牛肉や豚肉を使っているが、醤油や味噌、削り節、擂りごま、紅しょうが、海苔などで味をつけているから和食味である。焼き肉やハンバーグでも大根おろしを添えて醤油で食べれば和食であると言えないこともない。これらの料理は伝統的な日本料理ではないけれど、どれも外の国にはない日本独自の料理であることに違いはない。とすれば、新世代の和食であると言ってもよいだろう。

和食が日本の伝統的食文化として世界無形文化遺産に登録されたので、今後、その和食をどのように保護し、継承して行くのがよいのかと関係者が議論を始めている。そもそも、和食を文化遺産に登録して伝承して行こうと言い出したのは伝統的な日本料理の将来を危惧した京都の老舗料亭の料理人たちであった。伝統的な懐石料理や会席料理はもはや老舗料亭や和風旅館にしか残っていない。もちろん、それらの料亭の日本料理であれば、伝統を守ろうとする料理人がいる限り将来もその姿を大きく変えることなく継承されてゆくに違いないが、町の食堂や家庭で食べる日常の和食では難しい。そもそも、料理は日々の生活に密着している実用文化だから、経済情勢、食料事情、生活環境などが変われば大きく変化することを避けられない。第二次大戦後の70年はかつてなかったほどに日本人の生活環境が激変した時期であったから、伝統的な和食が後退し、入れ替わって新世代の和食という新しい料理が生まれてきたのは当然である。

この際、和食を海外にもっと進出させることも必要であろう。海外ではヘルシーな和食ブームであり、海外の日本料理店は5.6万軒に増えている。しかし、海外の鮨店で現地人が作っているSUSHIにはこれが鮨なのかと驚くようなものがあるように、伝統的な日本料理をそのまま海外に持ち出しても成功はしないという。私たちは外国の料理を日本化することを得意にしてきたが、日本の料理を外地化することには経験が少ない。日本料理の伝統は守りながら進出先の食材を使い、その地の嗜好や食事スタイルに合わせなければならない。例えば、魚介類だけではなく鴨肉や鹿肉を積極的に使い、匂いが嫌われる昆布出汁の代りにはトマトの絞汁を使う、刺身は醬油でなく三杯酢で和える、茶碗蒸しにチーズやトリュフを加えるなどの工夫をしたところ好評だったと聞いている。(納豆のネバネバは嫌われるが、ネバネバをなくし、バターと練り合わせると赤ワインに合うようになる。)蒲鉾もカニカマに加工すればサラダに使え、竹輪もチーズを詰めれば洋風の前菜になる。

今年、イタリアのミにラノで「食」をテーマにして万博が開かれ、世界140か国の珍しい料理や食材が集結している。日本館では鮨、てんぷらというこれまで外国人に親しまれた和食ではなく、今後の新しい日本食を提案する試みがなされている。すき焼き御膳やてんぷら蕎麦もあるが、焼きおにぎりに焼肉や海鮮かき揚を挟んだライスバーガーが大人気だそうである。伝統的な日本料理にも肉や西洋野菜を使い、オリーブ油、バルサミコ酢、チーズや生クリームなどを使ってよいのである。

今後、伝統的な和食献立を昔の姿のままで伝承していくことは難しく、また、無理に伝承してみても大した意味はないから、和食の遺伝子を引き継いだ新世代の和食に改めて発展させていくのがよい。和食を後世に残すということは、昔の姿をそのままに残すことではなく、世界に類のない和食という優れた食文化を創造した日本人独自の感性と価値観を引き継ぐということではなかろうか。伝統は形でなく、人の心に引き継がれるものである。また、伝統は守られるべきものではあるが、一方では絶え間なく変わり続けなければならないものでもある。世界無形文化遺産に登録された和食文化を継承すると言うことは、料亭の日本料理や一汁三菜の家庭和食、各地の郷土料理などを継承すると言う形式的なことではなく、それら伝統料理に込められた食の思想、食を介して結ばれていた家族、友人、そして地域の人々との絆などを引き継ぎ、発展させることでもあるべきではなかろうか。