、近世になると洋の東西ともに食料の生産量が増え、その交易、流通が発展したので、人々は食べることに少し余裕を持てるようになった。すべての人々が十分に食べられるほどの余裕ではなかったが、大多数の市民は食料に不自由をしなくなったのである。そこで、生理的に必要なだけ食べることができるようになった人々は、次第においしいものを食べる享楽を求めるようになった。その代表的な形態が、18世紀から19世紀に誕生したフランスのレストラン料理と日本の会席料理などの美食の文化である。

  しかし、それより早く16世紀の日本に誕生した茶の湯の文化は、食べものの美味を追求する美食料理とは対照的に、一碗の抹茶を一緒に飲むことを通じて互いの心の通い合いを究めるという精神性に富んだ食文化であった。、よく知られているマズローの欲求段階説に従えば、人間の欲求はピラミッドの階段を一段ずつ上るように順次に成長すると考えられている。食に対する欲求についても、本能的な食欲に始まり、その食欲が満たされたならば次第により高次の精神的欲求に代わると解釈してよい。まず、最下層の原始的欲求として生命を維持するための本能的な食欲が満たされと、次は友人や家族などとの社会的関係を求める共食の欲求が現れ、それが満たされると、豪華な宴会を催して権勢や富などを誇示するなど、社会的承認を求める欲求が現れると考えるのである。平安時代に生まれた豪華な大饗料理や室町時代の本膳料理などはこの社会的承認の段階で登場してきたものとすれば、茶の湯や茶懐石料理はより高次の自己実現の欲求段階の産物であると考えてよい。社会的承認の欲求と自己実現の欲求の相違点は、前者が他人の視線を気にしているのに対し、後者は自分自身の心に照らしていることである。茶の湯は、それまでよりも一段、ステップアップした食の欲求の発現形であると言ってよい。

 茶の湯の真髄は、狭い茶室で一碗の茶を点てて飲むという行為を介して、主と客が一期一会、和敬清寂の心を楽しむことにある。そのために、茶室のしつらえ、茶碗、茶釜などを侘びの美意識を凝らして整え、茶碗に湯を注ぎ、茶筅で茶を点てる作法を心静かに執り行うのである。茶の湯はティーセレモニーと英訳されているように、心静かに茶を点てることにより、和敬清寂、一期一会の境地を体験する儀式なのである。それは、禅寺において修行僧が重々しく経文や食事の偈を唱えて一椀の粥を食すると同じことであり、茶や粥という極めて簡素な飲食を豊かな心を養う媒体とするのである。茶の湯の精神は美食の享楽思想に対峙する捨象の食思想と言えるのである。