2. 国民の栄養状態が改善された

  第二次大戦前の日本の食生活は豊かなものではなかった。ご飯を中心に野菜、大豆、魚の一汁一菜であったから、カロリーは1日、2000キロカロリー弱を確保していたが、その80%は米、麦、芋、大豆から摂っていたのである。動物性のタンパク質や脂肪の摂取が少なく、栄養素のバランスが悪かったために、国民の体位は貧弱で、栄養不足による感染症が多く、平均寿命は男性45歳、女性47歳であった。

 しかも、第二次大戦後には農業生産力が減少してこのような食事すらできない深刻な食料不足に陥った。戦時中から実施されていた米の配給制度が維持できなくなり、都市部ではあらゆる食料が不足した。昭和20年には1日の摂取カロリーが1793キロカロリーにまで減少し、ほとんどの国民が飢餓同然の状態になっていた。この食料不足を救ったのはアメリカ占領軍による食料支援であった。昭和22年にはアメリカ占領軍、ララ委員会(アジア救済連盟)、ガリオア・エロア資金(占領地救済連盟)などから総額20億ドルの援助を受けて、アメリカ産小麦91万トン、大麦16万トンを緊急輸入して飢えを凌いだ。

 そして、輸入小麦粉と脱脂粉乳を使って全国主要都市で300万人の児童を対象に週2回以上、300キロカロリーの昼食を支給する学校給食が実施された。さらに、昭和27年からは全国の小学校でコッペパンに脱脂粉乳ミルク(33年からは牛乳になる)とコロッケ、ポタージュスープなどの完全給食が実現し、31年からは中学校でも実施された。昭和40年代にはパンとミルク、魚のフライ、マカロニサラダ、グラタン、八宝菜などの副食という学校給食を、全国1100万人の児童、生徒が6年間食べることになったから、児童たちの栄養改善に役立つただけではなく、家庭でのパン食の普及、おかずの洋風化を促進することにもなった。

 昭和27年には栄養改善法が施行され、それまでの米飯中心で動物性タンパクや脂肪の乏しい食事を改めて、肉料理、油料理、乳製品を多く摂る欧米風の食事をして栄養状態を改善する栄養改善運動が始まった。まず、国民の栄養摂取状況を正確に把握するため、毎年、全国5000世帯を対象として1日の食事内容を実地調査する国民栄養調査が昭和21年から始まった。さらに、生鮮食品と加工食品を含めて2000種類の食品について、カロリーや栄養成分を記載した食品成分表と日本人に必要な栄養所要量を定めた食事摂取基準が整備され、学校や病院などで栄養指導を担当する栄養士、管理栄養士の制度が発足するなど、国民の栄養状態を本格的に改善、指導する体制が整った。国民の貧弱な栄養状態を改善するためには肉料理、油料理を多く摂る必要があったから、厚生省はキッチンカーを全国に巡回させてマカロニ、焼きそば、サンドイッチなど洋風料理の講習を行った。 こうして、朝食はパン、牛乳、卵、ハムという家庭が増え、夕食の食卓にはビーフステーキ、ハンバーグやクリームシチューなどが並ぶようになったのである。

 その結果、戦前と戦後の1日の食料を比較してみると、米の消費が半分以下に減り、小麦は4倍、野菜は2倍、魚は3倍に増え、ことに、油脂類は15倍に、肉類は13倍に、牛乳、バターなど乳製品は28倍に大きく増加している。昭和60年頃になると動物性食品の摂取が増えたことにより、米や麦、芋など糖質から摂るカロリーは全体の6割に減り、残りの4割をタンパク質、脂肪から摂るようになったので、タンパク質、脂肪、炭水化物の摂取比率がほぼ理想的なバランスになった。ご飯を食べる量は戦前の4割ほどに減り、1日の主食は平均すると御飯を2杯半、食パン1枚、うどんを3分の1玉になった。この頃の米の消費量は年間、1000トン、小麦は600万トンだから、御飯とパンの比率は1:1に近づいている。                  

 その結果、成人の身長は戦前に較べると平均で10センチ伸びて、平均寿命も昭和60年には男性は75歳、女性は80歳になり、世界一の長寿国になったのである。食べるものが健康の保持と病気の予防に大切であることは昔から誰もが経験的に知っていたが、そのことを栄養学の科学知識で理解して毎日の食事作りに生かすことがようやく一般的になったのである。 高度経済成長のお蔭で国民の所得が増えて、高価な肉や乳製品をたべる余裕ができたことも大きな原因である。

 エンゲル係数という食生活の指標がある。食費が家計支出の何%を占めているかというのがエンゲル係数である。食料難に悩まされ、生活費の大半が食べることに使われていた終戦直後の昭和22年にはエンゲル係数が63%であった。その後、高度経済成長が始まり家庭の収入が増えて生活に余裕ができたので、昭和60年にはエンゲル係数は26%に下がった。働いてさえいれば、食べることに経済的な心配がいらなくなったのはこの頃からである。その後、エンゲル係数はさらに減少して、平成7年以降は22%台で推移している。 因みに、当時の先進諸国のエンゲル係数は、アメリカが最も低く19.3%、カナダ 23.5%、イタリア 24.4%、イギリス 24.9%、スペイン 26.9%、 韓国 32.9%の順である。国々によって食料品の価格や食習慣が違うので数字の大小を細かく比較しても大きな意味はないが、食べることに経済的な苦労をしなくてもよいという点では日本も欧米先進国もそれほどの違いはない。食料不足に悩まされることなく、だれでも、豊かで健康的な食生活ができるという食の民主化が実現したのである。戦後の50年足らずという短期間に、日本のように日常の食事内容を大きく変えて国民の栄養状態を見事に改善したところは世界に類がない。