2.なぜ日本の農業はここまで衰退したのか

我が国の農家は耕地が平均2ヘクタールと狭くて、十分に機械化できず、労賃も高いので、農産物はどれも生産コストが海外諸国に比べて著しく高い。米は11倍、小麦は10倍、牛肉や野菜でも2-3倍は高い。だから、安価な海外農産物が大量に輸入されると競争することができない。

苦労して栽培した農作物を生産コストに見合った価格で販売することが難しいのだから、農家は生産意欲を失い、農業だけの収入では生活することができなくなっている。農家戸数はこの50年間に5分の1の120万戸に減少し、農畜産業の生産額は昭和60年の11.6兆円をピークとして2割も減少して、現在は9.2兆円である。トヨタ自動車グループの売上高の3分の1にも足りない産業規模なのである。農畜産業の生産量は、昭和35年には年間4700万トン、金額にして1.9兆円であり、国内総生産(GDP)の11%を占めていたが、それから55年経った平成28年には生産量は5000万トンを維持し、生産金額は9.2兆円に増加しているものの、国内総生産に対する比率は僅かに1.6%に低下している。国内農畜産業は高度経済成長から取り残されてしまったのである。                            

敗戦後間もない昭和30年には農業人口は1932万人であり、全人口の22%が農業に従事していた。ところがその後、農業人口は急速に減少して昭和の終わりには565万人、現在では145万人、全人口の1%あまりに激減している。世界のどの国でも工業化が進むと農業人口が減るから、農業国であるアメリカでも、フランスでも農業人口は全人口の1%あまりであり、日本と大きな違いはない。しかし、日本のように農業そのものの産業規模が衰退したのは異常であり、それには特別の事情があるのである。昭和40年当時、600万ヘクタールあった農地は高度経済成長期に宅地、工場用地、道路などに転用されて減少して、現在では444万ヘクタールになり、全農家戸数は567万戸、農業就業人口は1151万人から、それぞれ120万戸、145万人に激減した。農産物を市場に出荷している「販売農家」であってもその大部分は小規模農家であり、市場に出回る農産物の6割は耕地が5ヘクタール以上ある大規模農家や農業法人など62万戸によって生産されている。                          

平成13年度の農村白書によると、耕作面積が2.ヘクタール程度の平均的な米作り農家の年間総所得は平均828万円であるが、そのうち農業粗収入は351万円、経費を引くと農業所得は108万円に過ぎない。農業だけでは生活できないので、販売農家の8割が兼業であり、給与や年金などの農外収入で家計を維持して、そして農業を続けているのである。その後、平成23年度の調査をみても、平均農業所得は143万円であり、それほど増えていない。1ヘクタール当たりの労働時間を年間780時間とすると、農家の労働は時給にすれば777円にしかならない。

だから、農家は後継者が見つけにくく、農業従事者の7割近くが65歳以上の高齢者であり、40歳代以下は1割もいない。平成7年には高齢者の割合は40%であったのだから、この20年間に急速に老齢化し、もう農業を止めるか、それでも続けるか、農家は難しい選択を迫られている。そのため、休耕地が100万ヘクタールに増え、耕作放棄地が42万ヘクタールに増えて、貴重な耕地が有効に利用されなくなっているのである。僅かに145万人の農民と18万人の漁民が1億2700万人の台所を懸命に支えている実情をどう考えたらよいのだろう。   

今一つ、農家を苦しめているのは複雑な食料需給システム(フードシステム)である。国民全体がスーパーマーケットや小売店、外食店を通じて飲食のために使ったお金は約76兆円であるが、その内で農産物や水産物を出荷した農家や漁労者の収入になるのは9兆円、全体の12%に過ぎない。農業先進国アメリカではこの比率は20%である。昭和45年にはこの食料需給システムの経済規模は15兆円であったが、農水産業はその35%を占めていた。その後の40年間に食料を生産する農水産業に比べて、食料を加工する製造業、運搬、販売する流通小売業、料理を提供する外食サービス業の経済規模が急速に拡大したのである。昔は命をつなぐために自給自足していた食料が、今は経済活動のための商品となり、それを大量生産、大量消費する食品加工産業、流通小売り産業、外食サービス産業が大きくなり過ぎているのである。

 将来の食料を安定的に確保することは国家の最重要課題である。食料需給経済が地球規模に広がっている現代にあっては、グローバルな輸入とローカルな自給の組み合わせを長期的にコントロールすることが必要になる。国内農業を活性化して、国民が必要とする食料を少しでも多く自給するために、政府はこれまでに様々な農業振興策を実施してきた。農家が生産物を加工、直接販売する農業6次産業化、農家経営の法人化、株式会社の農業参入、国産農産物の輸出促進、若者の就農支援などである。その結果、農家や農協が行う加工、直販事業の年間販売額は1.9兆円、農水産物の輸出額は0.9兆円に増えたが、大規模の農業法人はまだ全販売農家の1%と少なく、新規就農者はこの数年、年間6万人を超えることがない。

農産物の流通がグローバル化したことにより国内農業が衰退する現象は、日本ほど激しくないがヨーロッパ諸国でも同じように起きている。そのため、EU諸国では国家予算の5%程度の政府補助金を投じて国内の農業を支援している。国民の食料の安全保障をすることは国家の基本的な責務であると考えているからである。フランス、イギリスでは、農家一戸に数百万円の補助金が支給されるので農業生産が回復し、一時は45%に落ち込んでいた食料自給率が70%に復活した。ドイツでも同様に65%から90%に復活している。農家の所得に占める政府の補助金の割合は、フランスやイギリスでは9割、アメリカでも7割になるのである。ところが、日本の農家補助金は毎年1兆円足らずであり、国家予算(一般会計)の1%にもならない。例えば、1ヘクタールを耕作する米作り兼業農家であれば、減反政策協力金、戸別所得補償金、米価共済受取金などを合せて53万円の補助金を受け取るに過ぎない。しかも、日本の農業支援政策は従来から米作り中心であるので、野菜農家などには政府補助金がほとんど出ないのである。