3.国内の農業を活性化させる消費者運動 その1

 20世紀初頭の世界人口は16億人であったが、その後、開発途上国の人口が爆発的に増えたので現在は70億人であり、2050年には90億人になると予想されている。ところが、この急増する人口を養うのに食料の生産が追い付いていない。現在、地球上で生産している22億トンの穀物で養える人口は80億人が限界と考えられる。農耕地はすでに拡大し尽くし、反当り収量もこれ以上には増える見込みがないので、これ以上に増産したくてもできなくなっている。地球人口が90億人を超える21世紀半ばには世界的な食料不足が訪れてくることが必至である。

 近い将来に世界規模での深刻な食料不足が生じる原因は、開発途上国の爆発的な人口増加だけではない。大規模に集約された工業化農業を持続するのに必要な自然環境が危うくなりかけているのである。土壌の汚染と劣化、二酸化炭素濃度の上昇、オゾン層の破壊などによる気候の異常な温暖化現象、水資源、化石燃料資源の不足などが地球規模で拡大して農業生産を脅かし始めている。どれかの要因が臨界点を超えれば、膨張しきっている世界の食料需給システムは一挙に崩壊する。

 来るべき世界的な食料危機がいつどのような展開を見せて訪れるかは誰も予測することができない。しかし、訪れたならば最も大きい打撃を受ける先進国は、国民の食料の6割を輸入に依存している日本である。そこで今後、頼りにしなければならないのは国内農業であるが、これが、耕地が狭く、労働力が高いために生産コストが高く、安い輸入食料と競争できないというハンデキャップを抱えてすっかり衰退してしまっている。国内農業を近代産業として復活させるのは容易ではないことは既に述べたとおりである。

 しかし、日本の原風景ともいうべき美しい田園を維持しながら国内農産物の約2割を生産しているのは、耕地面積が1ヘクタール以下の零細農家140万戸であることを忘れてはならない。今後の農業対策は農地を大規模農家に集約して近代化することを考えるだけではなく、地域の小規模農家を活性化して維持することを考えるのも重要である。つまり、マクロとミクロの農業活性化対策が必要なのである。そのために、平成27年に都市農業振興基本法が施行され、都市環境を良好に保持するのに役立つ都市農業の安定的継続を図ることになった。次第に宅地化されていく市街化区域で営まれている小規模農業を支援するのである。現在、市街地で農業を続けている農家は23万戸、その農地面積は合計7万ヘクタール,その推計生産金額は455億円であり、全国農業の約0.5%の規模を占めていると考えてよい。

 地元の新鮮な農水産物を購入したいという消費者は多い。その時によく利用されるのは地域農家の農産物直販所である。そこでは農家が自家用に栽培した野菜の余りや出荷できない規格外の野菜などを持ち込んで売っている。その日の朝に採れた野菜であるから新鮮であり、生産農家の名札、顔写真も付いているので安心できる。直販所は全国に25、000か所ほどあり、その総販売金額は年間約1兆円であると推定される。これは全国の農産物生産額の10%になるから少ない金額ではない。その外にも、特定の地域で生産される農産物を高付加価値化する試みが行われている。例として、魚沼産コシヒカリ、ひとめぼれ、あきたこまちなど食味の良いブランド米の拡売、京野菜、江戸野菜など伝統野菜の復活、松阪牛、鹿児島の黒豚、栃木のいちご、長野のぶどう など地域農産物ブランドの育成などである。

  国内の農家を応援する今一つの方法は有機農産物を普及させることである。世界的に有機農業(オーガニック運動)が注目され始めたのは1990年代である。日本では2000年(平成12年)に有機農産物認証制度が発足した。無農薬、無化学肥料で有機栽培した農産物は登録認定機関の検査を受けて、「有機農産物」と表示した有機JASマークを付けて販売できる。有機農産物であると認められるには「種子を蒔く時までに2年以上化学合成農薬や化学肥料を使用していない農地で、無農薬、無化学肥料で栽培」しなければならない。そして、原料の95%以上に有機農産物を使用して、食品添加物や化学薬剤を使わずに加工した食品は「有機農産物加工食品」のJASマークを付けることができる。

  完全に無農薬、無化学肥料で行う有機栽培農業は環境や自然の生態系に優しいが、現実には実行しにくい。化学農薬や化学肥料を全く使わないと病虫害が発生し作物の生育が悪く、収穫量が激減するので農家は有機栽培を敬遠する。我が国の夏は多雨、高温、高湿度なので病虫害が多く、冷涼なヨーロッパに比べると農薬を使わない有機栽培が困難である。堆肥を鋤き込み、雑草を抜きとり、害虫を摘み除くなど、手間が余計にかかるから、小規模な農業でなければ実施できない。米つくりであれば、収量20%減少し、労働時間は50%増加するから、収穫した米は75%も値上げしなくては引き合わない。 ところが、そのように高い値段では消費者が買ってくれない。有機農産物が安全で環境に優しいことはよく知っているが、いざ、買うとなると農薬が使われていても安く、虫食い跡のない野菜を選ぶのである。また、有機農産物は生産量が少なく大量流通ルートに乗らないので、買いたくても近所のスーパーには見当たらない。JAS認定を受けて有機農産物を生産している農家は全国で5000戸、その作付面積は1万ヘクタール、生産額は約1200億円であり、有機JASマークを付けた農産物は市販されている農産物の僅か0、18%に過ぎない。

 有機農業は小規模で行い、その生産物を地元の消費者に販売するのでなければ成立しにくいから、これを広い地域で実施するのは容易ではないのである。それでも、世界的に見ると有機農産物市場は2000年から2010年にかけて3倍に増加している。2012年の調査では、有機農業を実施している農地は3700万ヘクタール、農家は160万戸、生産額は600万ドル(5.2兆円)であり、北アメリカ、ドイツ、フランスがその大部分を占めている。EU諸国では有機栽培は環境保護に役立つという名目で多額の補助金を出して奨励しているので、1000万ヘクタールの農地で有機栽培が行われている。食料自給率が低い日本でこそ、将来の食料危機に備えて政府が補助金を支出して有機栽培農家を増やさなければならないのであるが、それが実行できていない。

  ( 続く )