4.国内の農業を活性化する消費者運動 その2

 国内の農業を活性化するためには、私たち、消費者がそこで生産される農産物をより高い値段で購入して支援することが欠かせない。かつて日本には「身土不二」という言葉があった。自分が住んでいる土地で採れるものを食べていれば健康に暮らせるという意味である。戦前までの食生活は地域での自給自足を原則として営まれ、地域の気候、風土に適した特産農産物や魚介類を食べ、特色のある郷土料理を楽しんでいた。ところが、戦後は生鮮食材の流通が全国規模で行われるようになり、海外からも輸入されてくるものも多い。スーパーマーケットやコンビニなどが発達し、全国どこでも似たような品揃えで販売するから、各地の住民が全国共通に同じものを食べるという状態になった。その結果、各地の郷土料理は姿を消し、特産農産物を大切にする習慣も失われてしまったのである。

 今日では昔のような地域内の自給はとうてい無理であり、私たちは季節に関係なく、全国各地あるいは海外から運ばれてくる食料で暮らしている。そこで、遠隔地から運ばれてくる野菜や果物を敬遠して、地場で採れた旬のものを地元で消費しようとするのが「地産地消運動」である。地場の野菜や果物の消費量が増えれば、その地域の農業が活性化して野菜や果物の生産が回復することになる。学校給食で地場の農産物を使用しているところは27%に増えている。また、東京のスーパーでは地元の朝採り野菜の販売が年々15%ずつ増えているという。地産地消は遠距離輸送に使う多量の石油燃料を節約することになるから、環境保護にも役立つのである。

 直近の半世紀を見てみると、海外の先進国で食と農をもう一度、地域に取り戻そうとする運動が盛んになってきた。地元産の食品だけを食べる「ローカヴォア運動」が北アメリカで生まれ、イギリスやカナダには「地域で支援する農業(CSA)」、フランスには「小規模農家を維持する会(AMAP)」、イタリアには「連帯消費の会(GAS)」などがそれである。どの運動も、産業としての効率化よりも環境負荷の軽減や食の安全性、地域の活性化を重視して地域農業を支援する市民運動である。イタリアで始まった「スローフード運動」は地方の伝統的な食文化や農産物を大切にし、守っていこうとする運動であり、日本の「地産地消運動」と同じ趣旨の消費者運動なのである。スローフードとはファーストフードに対抗するものという意味であり、工業化され過ぎた食料生産に反対するメッセージである。また、フェアトレード(公正貿易運動)は、途上国で生産された特産農産物を従来の安価な買取価格を上回るプレミアム価格で買い上げることにより、途上国の農産業を支援する運動である。日本でもアフリカで生産されたバナナ、焙煎カカオ豆、チョコレートなどがフェアトレード認証ラベルを付けてプレミアム価格で販売されている。日本の生活協同組合は、良心的な生産者により多くの利潤を保証することによって品質の良い生産物を提供してもらう消費者運動である。アメリカの各地で開かれているファーマーズ・マーケットは、地域の野菜、果物を生産農家から直接に買うことにより、作る人と食べる人のつながりを取り戻そうとする活動である。

 日本の農業と農村が苦しい現状に陥ったのは農家だけの責任ではない。農業にあまりにも無知、無関心であったために、食料はいくらでも生産できるものと思いこみ、欲しいだけ食べて食欲を満たし、豊かな食生活を続けてきた都市の生活者にも責任がある。地域別食料自給率〈金額ベース〉という統計を見てみると、東京、神奈川、大阪などの大都市圏では自給率は数%しかないが、北海道、秋田、山形、青森などでは120-180%ぐらいの自給率がある。つまり、食料の生産地と消費地が完全に隔離してしまっているのである。昭和35年頃までは人口の75%が農村部で暮らしていたから、住民の殆どが農業になにらかの係わりを持っていた。いまでは人口の80%は都市部に居住しているから、身近に田畑での農作業や養鶏の様子などを目にすることがない。つまり、食料を消費することは知っていても、生産することは知らないのである。そのような都市の生活者が食料の生産状況について関心を深め、食生活の見直しに取組むためには、農作業や農村生活を実地で体験してみることが役に立つ。これまでは苦境を打破しようとして農家だけが苦しんできたのであるが、今後は消費者が農家や農村と交流し、生産者の苦労を実感して食料生産の責任を分かち合う農食共生の精神が必要になる。

 例えば、小中学生には学校農園で野菜を栽培させたり、地域の農家の支援を受けて田植えや稲刈り、芋ほりなどを体験させるのがよい。既に小中学生の半数がなにらかの農業体験をするようになったという。欧米には都市住民の健康維持と休養を目的とする市民農園が多い。ドイツではクラインガルテンという1区画平均300平方メートルの市民農場があり、50万世帯が利用している。ロシアにはダーチャという600平方メートルはある小屋つき菜園、スエーデンにはコロニートレゴード,デンマークにはスワンホルム農場、イギリスにはシティファームがある。わが国では地方公共団体や農業協同組合が開設している市民農園が全国で4200カ所、20万区画に増えている。定年後は田舎に移住して自給自足の農作業に親しみ、自然の中で健康に暮らしたいと思う中高年者が200万人はいるという。生産性の高い平野部の農地は農業法人や大規模農家に集約し、残りは家族が食べるだけのものを生産する自給農家と移住者のための農園などに開放すればよい。観光客にぶどう狩り,なし狩り、さくらんぼ摘みなどをさせる観光果樹園、子供が子牛や羊,ウサギなどと遊ぶ観光牧場などが増えている。工夫次第で農村と農業は観光資源にもなるのである。グリーンツーリズム、農繁期の農作業を手伝う援農ボランティアなど都市生活者と農村生産者との交流活動もにわかに増えてきた。グリーンツーリズムとは農山漁村に残されている美しい自然や懐かしい民俗文化,そしてそこの住民との交流を楽しむ農村滞在型の余暇活動のことである。

 来るべき世界規模の食料不足は回避できそうもないが、だからといって、このまま無為に過ごしていてよいものでもない。国内農業を活性化する農業支援政策は政府や農業関係者に委ねる外はないが、消費者として農業に無関心な現在の食生活を改めることならばできるであろう。狭い国土を最大限に耕作して少しでも多くの農作物を生産することが必要になるのであるから、私たち消費者の一人一人がもっと広い視野で日本の食料環境を見つめ直し、国内の農畜産業を支援するように行動しなければならない。