1. グローバル化したアグリビジネスの成立

 20世紀になって世界の国々に豊かで便利な食生活を実現したのは、世界規模に広がった新自由主義の資本主義食料経済システムであった。ところが最近、この巨大化した食料需給システム(フードシステム)がいくつかの限界に直面し、破綻し始めてきたのである。

 そもそも、原始時代には食料は自給自足であったから、食料を作る人と食べる人は同じであった。しかし、人口が増えて集落ができると農作物や肉、魚の物々交換が始まり、さらに貨幣経済が広まると市場ができて商人が生鮮食料や加工品の販売を始めた。近代になると産業革命が起こり、製粉、缶詰、冷凍など食品の加工産業が興った。農村の生産者と都市の消費者は遠く離れて住むようになり、食料の生産者から加工者、運搬者、販売者を経て消費者に繋がる食料供給のルートが長く、複雑になった。 20世紀になると、農畜産業は急速に工業化し、食品加工業は食品産業になり、その製品を消費者に届ける小売業、飲食業が大規模になる。かくして、食料の生産から消費に至る食品関連産業の経済規模は拡大し、グローバルな規模に広がって、市場経済主義に基づく巨大な食料需給システム(フードシステム)が成立する。19世紀の始めにトーマス・マルサスが予告した人口増加による食料不足を回避して、食料が有り余る豊かな20世紀を実現させたのは何であったのか。それは、食料供給チェーン(フードシステム)の徹底した工業化とビジネス化、グローバル化であったというべきであろう。

 巨大なフードシステムが成立する始まりは、アメリカにおける巨大なアグリビジネスの成立であり、その恩恵は欧米諸国だけではなく、世界各国に波及した。1950年から1990年までに、世界のトウモロコシや小麦などの穀物の生産量、食肉の生産量がどちらも3倍に増えたお蔭で、世界人口が25億人から60億人へと2倍以上に増えたにもかかわらず、一人ひとりに行き渡る食物は1日2400キロカロリー未満から2700キロカロリー以上に増えている。そして、人口が世界のわずか5%でありながら、世界の食肉の6分の1、大豆とトウモロコシの約半分を生産できるアメリカ合衆国が、世界の食料市場を支配してこの素晴らしい成果をもたらした主役であったことは誰もが認めるところである。

 ビジネス化されたアグリビジネスの誕生が近代的な食料供給システムの始まりであるとすれば、巨大な食品製造業の登場はその次の発展段階である。世界最大の食品・飲料メーカーであるネスレ社が誕生した1867年当時、食事はすべて家庭で準備され、主婦の労働時間の半分は食事を作ることに費やされていた。しかし、その後、彼女たちは食品加工会社に食事作りをゆだねることによりその面倒な労働から解放されるのである。欧米先進国でも、日本でも、産業革命が進むと農村部の住民は都市に移住して商店や工場で長時間働くようになった。自ら作物を育てる手段を失い、料理をする時間もなくなる中で、都市の住民が求めたものは簡単に手に入り、調理が楽ですぐに食べられる加工食品だった。 ゲイㇽ・ボーデン、ヘンリー・ハインツ、ジョゼフ・キャンベル、ウイリアム・ケロッグなど食品企業家たちは、缶入りのコンデンスミルク、ピクルス、濃縮スープ、そして朝食用シリアルなどを市場に投入して成功した。ヨーロッパでも、粉末ポテトや固形スープなどが生産され、アンリー・ネスレーはキンダーミールという幼児用のシリアル、粉末コーヒ「ネスカフェー」を開発した。今日のアメリカでは、食品供給の60%が10大食品加工会社に独占されていている。

 その次に、この巨大な食料経済システムを牽引することになるのは、アメリカのウオルマート,フランスのカフールなどのメガ・スーパーマーケットと、マクドナルド、バーガーキングなどのファーストフードチェーンであった。スーパーマーケットの店内には、冬であっても新鮮な野菜や果物、遠く運ばれてきたチリ産の鮮魚、骨なし鶏肉の徳用パックが、どれも呆れるほどの低価格で売られている。彼らはその巨大な販売力に物を言わせて、世界中に広がるサプライヤーに より新鮮なもの、より品質の良いもの、より便利なものを、しかもより早く、大量に、より安い値段で要求するのである。今や、ウオルマートはアメリカ最大のスーパーマーケット・チェーンであり、アメリカ人は食料品に支出する金額のなんと20%をウオルマートで使う。ウオルマートなどスーパーマーケットはアメリカの食料品小売市場の70%を支配するようになった。