3.日本でも食料需給システムが膨張し過ぎている

 全く同じようなことが、同じような経緯で、日本でも起きた。第二次大戦直後の日本では農業生産力が戦前の6割程度に低下して深刻な食料難に陥っていた。そこで、化学肥料と化学農薬を活用して農作物の大増産を行い、収穫量を3倍以上に増やすことができた。農業労働力の不足は機械化することで補い、それでも不足する食料は海外から輸入して補うことにした。贅沢になった消費者の要求に応えるため、野菜、トマト、いちごなどはハウス栽培、温室栽培が進み、年中変わりなく供給できるようになった。農畜産物の供給量は金額にして昭和35年には1.9兆円であったが、昭和55年になると13.5兆円に増加し、戦前とは比べものにならないような豊かな食料が供給できるようになったのである。しかし、その食料の全てが国内で生産できたのではなく、その半分近くは世界規模に広がった食料需給経済システムを通じて輸入することで補っているのである。

 日本の食生活を戦前とは比べものにならないほどに便利にしたのは、戦後、食品加工会社が次々と開発した便利な加工食品である。飲料、調味料、パン、菓子、冷凍食品、即席食品、総菜などすぐに使える加工食品が急激に増えた。戦前の食材はほとんどが生鮮食料であったが、戦後は次々と便利な加工食品が開発され、忙しい主婦が調理をする苦労を軽減したのである。家庭で購入される食材の内訳をみてみると、加工食品への支出は昭和55年には48%であったが、平成8年には61.3%に増えていて、米や大豆などの穀物は6.2%、精肉、魚、野菜など生鮮食材は32.5%に減っている。購入する食材の実に3分の2が加工食品に変わったのである。穀物、野菜や魚介類など農水産物の生産額は輸入品を含めて15兆円であるが、加工食品の生産額はその2倍、30兆円である。食品製造産業の経済規模は昭和40年ごろには5兆円であったのに、その後、急成長して30兆円規模になり、自動車産業に次ぐ大きな製造業に発展したのである。

 それに加えて、大きく発展したのは食品スーパーマーケットとコンビニエンスストアである。現在、食料品の小売り総額は45兆円であるが、そのうち、食品スーパーが13兆円、コンビニが12兆円を占めている。スーパーとコンビニだけで生鮮食料品、加工食料品の6割が販売されているのである。外食産業も大きく発展した。大阪万博が開かれた昭和45年に、外資系のファーストフード・ショップやファミリーレストランが相ついで日本に進出してきた。それまで生業、家業として家族規模で営業していた飲食店業界にフランチャイズ・チェーン経営の「外食産業」が加わったのである。それまで売上高が2兆円もなかった飲食店業は、50年後の現在26兆円規模の外食産業に発展している。今や、外食店の規模は人口一人あたりで比較するとアメリカの2倍にもなるという活況なのである。平成12年度の家計調査によると、家庭の食料費の10%が中食など調理済み食品に、17%が外食に支出されているから、食事の3割が家庭外で摂られていると言ってもよい。この食の外部化比率は若年単身世帯になると7割にもなるという。今や、加工食品とスーパーマーケットや外食店がなければ、暮らしていけなくなったのである。

 私たち日本人は豊かで便利な食生活を実現するために、食料や食品を資本主義経済の商品にして大量に生産し、大量に流通させ、大量に消費してきたのである。それは第二次大戦後の数十年間に素晴らしい成果をもたらした。もはや戦後ではないといわれた昭和30年から始まった高度経済成長が、食料需給の経済規模を20倍にも成長させて、誰もが食べることに困らない豊かで便利な食生活を実現させたのである。私たち日本人の豊かで便利な食生活を支えている農水産業、加工製造業、流通小売業、外食サービス業などの食品関連産業全体の経済規模は、現在、約76兆円に拡大している。昭和30年には4億円規模であったから約20倍に成長、拡大したのである。平成23年において76兆円に拡大した農水産物の生産から消費者の消費に到る食料供給消費システム(フードシステムという)の内訳は、農畜水産業が輸入を含めて10兆円、食品の加工製造業が33兆円、流通小売業が45兆円、外食産業が中食市場を含めて25兆円である。製品と流通経路が一部分、オーバーラップしているが、最終的に消費者が支払う金額は、生鮮食料品に12兆円、加工食料品に39兆円、外食に25兆円、合計して約76兆円である。昭和60年にはこの規模は61兆円であったから、平成の30年間でも125%に拡大したのである。