2. なぜ肥満者が増えたのか

 日本で肥満が急激に増えた原因は高齢者が激増したことである。昭和60年には日本の全人口の10%に過ぎなかった65歳以上の高齢者人口が、現在では27%に増えている。中高年者は壮年者に較べて基礎代謝量が少なくなり、運動量も減っているから、毎日の食事の量を若いころより2割ほど減らさなければ食べ過ぎになる。座って仕事をしていることが多い50-69歳の男性であれば1日に必要なエネルギーは2050キロカロリーであるのに、平均して2200キロカロリーも食べているから肥満になる。女性も50歳以上になると同様に食べ過ぎている。ライオンは空腹でなければ、獲物が目の前を通り過ぎても襲うことはない。人間は空腹でもないのに食べるから、肥満が増えて生活習慣病を誘発するのである。

 日本人が1日に摂取している食物エネルギーは、昭和45年の平均2200キロカロリーをピークとしてそれ以降は現在の1850キロカロリーまでずっと減少し続けているのに、肥満者の割合は逆に2倍近くまで増え続けていることである。これは高齢化社会になったことが大きな原因である。中高年になるとエネルギー所要量が減少するので節食しなければ食物エネルギーの過剰摂取になる。車社会、IT社会になって体を動かすことが少なくなり消費エネルギーが減ったことも原因として挙げられる。

 食事の内容が洋風に変わったことも原因である。戦前の日本人はご飯を3杯も4杯もお代わりしていたが太ることが少なかった。炭水化物に偏った食事をしていると睡眠中のエネルギー消費量が増え、インシュリンの分泌が半減するから体重が増えにくいのである。だから、昭和60年頃になってタンパク質、脂肪の摂取が増えて栄養素のバランスが良くなると、食事のエネルギー効率が高まり肥満が増えることになったのである。脂肪の摂取量が昭和60年頃から増え続けていることも原因の一つであろう。総摂取エネルギーは増えていなくても、脂質エネルギーの接取が増加しているのである。炭水化物やタンパク質は余分に摂取してもエネルギーとして消費されやすいが,脂肪は摂りすぎるとそのまま体内に蓄積されるので肥満になりやすい。          

 最近、ゲノム解析が進み,肥満に関係する遺伝子の1塩基性多型(SNP)が日本人に多いことが指摘されている。狭い耕地で農作物に頼って生活してきた日本人はしばしば飢餓に悩まされてきた。そのため、脂肪を分解して熱に変える脱共役タンパク質に関係するするβ3アドレナリン受容体(β3AR)や脂肪蓄積を調節するレプチンの受容に関係するペルオキシソーム増殖促進因子受容体(PPAR)の多型など、エネルギーを節約して脂肪を蓄積する遺伝子が白人に比べて日本人に多いのである。このような遺伝体質を持っている日本人であるから、脂肪の多い高エネルギーの食事を摂ればより肥満しやすいといってよい。

 この他には、食事の仕方が問題になる。加工食品など柔らかい食品が増えたのでよく咀嚼して食べることが少なくなった。よく咀嚼をしないとインシュリンの分泌が悪く、食事による産熱が少なくなるので、その分だけ多く脂肪に変わりやすい。忙しいので早食いすることが多くなっているが、満腹感を感じるには食べ始めてから15分ぐらいかかるのでつい食べ過ぎることになる。一度に大食すると、インシュリンの分泌が高まりグルコースの吸収、脂肪への転換が多くなるから、朝食を抜いて昼はそば で済ませ、夜遅い時間にドカ食いをすると肥満になりやすい。朝食で摂ったカロリーは日中の活動で消費されるが、夕食で摂ったカロリーは休息、睡眠中にグリコーゲンや脂肪に変わりやすい。だから、仕事が忙しく深夜に食べることが続くと、レプチン抵抗性が生じて十分に食べても食欲が止まらず、肥満になりやすい。

 肥満の増加とそれに伴う生活習慣病の蔓延は、食べるものに不自由をしない豊かな食生活、車やIT技術を活用する忙しい日常生活、急速に進行する高齢化など、現代社会の変容がもたらした食の病態であると言ってもよい。