1.地球が養える人口はどれくらいか

  人類が農業を始める前の人口はせいぜい600万人であったとみられている。地球上にある天然の動植物資源だけで養える人間の数はその程度にすぎない。約1万年前、人類が農耕、牧畜を始めたことにより食料が安定して得られるようになると人口は急速に増加し始めた。西暦紀元前後には世界の人口は約2億人に達していたらしいが、その後も10世紀頃までは食料生産力が十分でなく、人口が増えると飢餓が生じ、疫病、戦乱が起きて人口が減少するということを繰り返してきた。現在では、地球人口は79億人であり、農業を始める前にくらべて約1200倍に増加しているが、それは20世紀になって農業技術が飛躍的に進歩して食料不足が解消したからである。

 ヨーロッパ諸国で人口が本格的に増加し始めたのは15世紀の大航海時代からであり、新大陸から持ち帰った馬鈴薯がヨーロッパの食料生産力を飛躍的に増大させたからであった。しかし、人口が5億人を超えると再び食料が足らなくなり、17世紀には各地で深刻な飢餓が起きた。イギリスの経済学者、トーマス・マルサスが「人口論」を著して、食料不足によって人類は遠からず破滅すると予想をしたのは18世紀の末のことであった。ところが、19世紀になるとグアノ(鳥糞石)や硝石を肥料に使って食料を増産し、20世紀になると化学合成した窒素肥料を使い、化石燃料を使って農耕を機械化して食料の大増産を行ったので、欧米先進国においては食料不足がほとんど解消したのである。

 しかし、メキシコやブラジル、中国やインド、東南アジア諸国、アフリカなど後進国では依然としてひどい食料不足が続いていた。それを解決しようとしたのが「緑の革命」と呼ばれる新品種作物による食料の大増産であった。メンデル遺伝学に基づいた交配技術を活用して収穫量の多い穀物の新品種を開発する計画が、20世紀初期のアメリカにおけるトウモロコシと小麦の新品種開発から始まった。アメリカの遺伝学者、エドワード・イーストとロリンズ・エマーソンらは、1930年代に雑種強勢を利用してハイブリッド・コーンを開発した。この新品種トウモロコシは収穫量が従来の品種より3倍も多かったので、1950年代には全米のトウモロコシ畑の9割で栽培されるようになった。メキシコではトウモロコシ収穫高が3倍に増え、先進国であるドイツ、フランスでも2倍あるいは3倍に増加したのである。

 アメリカの遺伝学者、ノーマン・ポーローグらはロックフェラー財団の援助を受けて、1940年代から小麦とトウモロコシの新品種開発に取り組んでいた。彼らは短幹種の日本小麦「農林10号」の遺伝子を交配して膝丈ほどの半矮性小麦を開発した。この新品種小麦は穀粒を多く稔らせても倒伏することがなかった。十分に窒素肥料を施肥して栽培すれば、これまでヘクタールあたり最高4.5トンであった小麦の収量を9トンにまで増加させることができたのである。この半矮性小麦「ゲインズ」はメキシコからマレーシアに到る広い地域で栽培された。それまで小麦を輸入していたメキシコではこの小麦によって収穫量が3倍に増えて自給ができるようになり、パキスタン、インド、トルコでも小麦の生産量が過去最高を記録した。インドでは人口の増加に小麦と米の生産が追い付かず大量の穀物を輸入していたが、1980年には輸出国に転じることができたのである。ノーマン・ポーローグは小麦と稲の新品種を開発して世界の穀物増産に貢献した功績によって1970年度のノーベル平和賞を受賞している。

 1960年代には、フィリピンのロスパニョオスに設置された国際イネ研究所において、インド、アメリカの育種家たちが年に2回収穫でき、頑丈で窒素耐性をもつイネの新品種を開発することに成功した。この「インディア・ライス8」は、インドネシアの長幹種の稲と台湾の短幹種の稲を交配してつくりだされた短幹多収量品種であり、伝統的な品種に比べて最大6倍の収量があり「奇跡の米」と呼ばれた。1970年代には、中国の育種家、袁隆平が野生の雄性不稔品種を使って高収量のハイブリッドライスを育種したので、それから20年も経たないうちに中国で栽培される稲の半分以上はこのハイブリッドライスになり、2007年には国内需要を上回る1億9000万トンものコメが生産できるようになった。ハイブリッドライスはインドネシア、ベトナム、インドをはじめとしてアジア諸国に広く普及して、これらの国々を米の輸出国に変えたのである。

 このような経過を経て、高収量の新品種と灌漑設備、化学肥料、化学農薬、農業機械を導入することにより、メキシコ、インド、トルコ、フィリピンなどでは穀物の生産量が飛躍的に向上した。これが「緑の革命」である。20世紀の後半には世界の人口が60億人にまで倍増したにもかかわらず、トウモロコシや小麦、米などの主要穀物の生産量が2-3倍に増加したお蔭で、飢餓に悩む人たちを10億人以上に増やさずに済んだのである。20世紀の緑の革命は、人類にとって18世紀半ばから19世紀にかけての産業革命にも匹敵する農業革命であった。

 食料の需給を決定する要素は人口と食料生産量であり、生産量は栽培面積と単収によって決まる。20世紀後半の穀物生産量、単収、栽培面積を年次変化をみてみると、人口が1.9倍に増加したのに対して、穀物の生産量はこれを上回る2.4倍に増加している。従って、一人あたりの穀物生産量は284キログラムから359キログラムへと1.3倍に増えている。人口が2倍に増えたのに一人あたりの穀物は減っていないのである。この間、穀物の栽培面積は1.1倍とほぼ横這いであったから、生産量の増加は大部分が単位面積当たりの収穫量、つまり反収の増加によることがわかる。単収を2.2倍に増加させた要因は、高収量品種の導入、化学肥料の使用、農薬の使用、灌漑面積の増大などである。高収量品種の開発と大量の化学肥料の施肥によって、小麦とトウモロコシの生産量は20世紀初めに比べて3倍、米の生産量は2倍に増え、更に、大量に生産できるようになったトウモロコシを飼料にして食肉の生産量も3倍に増えたのである。                            

 このようにして世界中で生産される食料は60億トンに増えたから、人口が20世紀初頭には16億人、世紀半ばには25億人、世紀末には60億人に増えたにもかかわらず、多くの人々が食料不足から解放されたのである。第2次大戦後の経済成長によって人々の所得が増えたことと相まって、大多数の人が食べることに不自由をしなくなったのは、欧米の先進諸国においても、我が国においても二十世紀の半ば以降のことなのである。

 ところが、困ったことに最近になって食料生産量の伸びが次第に低下し始め、一方で人口の急激な増加が止まらないので、1人あたりの穀物収穫量が年々急速に減少するようになった。近年の穀物生産量は年率にして1.3%しか増えていない。これは30年前の増加率の半分に過ぎず、需要の伸びをはるかに下回っている。年率2%で増え続ける世界の人口を養うには年率3%の食料増産が必要であり、それができなくなると再び食料不足が生じてくる。

 21世紀が始まったころ、地球上の全陸地面積の9%に当たる14億ヘクタールの耕作地と、23%に相当する34億ヘクタールの牧草地、樹園地を使って、世界就業人口の約半分に相当する人数が農業を営んでいた。現在では、生産される年間25億トンの穀物、4億トンの馬鈴薯、1億トンの甘藷、3億トンの大豆、2億トンのトマトなど、並びに、15億頭の牛,10億頭の豚、12億頭の羊、10億頭のやぎ、227億羽の鶏など合計約60億トンの食料が70億人の人々の食料となっている。しかし、これらの食料も、誰もが1日平均2500キロカロリーを摂取する豊かな食事をすると、約50億人しか養うことができない。1日、2500キロカロリーを摂取できていない途上国の人々が多数いる現状においても、約77億人の人口を養うのが限界であると考えられる。