2; 家庭で調理をすることが少なくなった社会背景
高度経済成長が終わる昭和45年ごろから、女性が職業人として活躍するようになった。職業をもって働く女性が増え、夫婦共働き世帯は全国5300万世帯のうち1250万世帯を超え、逆に専業主婦のいる世帯は1114万世帯から600万世帯に半減している。
成人女性の7割が職業を持って働いているのだから、家事のすべてを女性がすることは肉体的にも、時間的にも無理である。平成28年の総務省社会生活基本調査によると、共働き世帯での炊事、育児など家事に費やす時間は、夫は1日46分であり20年前の倍以上に増えているが、妻は4時間54分でそれほど減っていない。相変わらず食事作りの80%は女性の分担になっているのである。6歳未満の子供を持つ日本人男性が家事を手伝う時間は平均して1日に83分であり、西欧先進国の男性の半分以下であるという。そこで、当然の成り行きとして食事作りにかける手間と時間をできるだけ節減しようとする。厚生労働省が平成12年に行った調査を見ると、図7-2に示すように、毎日、三度の食事作りをする主婦は20歳代なら2割と少なく、40歳代から60歳代でも6割強に減っている。料理を作ることを面倒な作業だと考えている女性は若中年層では半数もあり、料理することにやりがいを感じている女性は年齢層に関係なく半分もいなくなった。
食事つくりを家族に対する愛情であり、また義務でもあると考えている女性が少なくなり、毎日、三度の食事づくりをきちんとする女性が少なくなった。2,3年前に朝日新聞が1700人のモニター調査をしたところ、主婦が毎日、三度、料理をしている家庭は全体の60%に減っていた。元来、家庭の料理は家族の健康を守り、家族の愛情を育む手段であった。例え、それが粗末な料理であっても、母親が愛情込めて作る料理は親子の絆を結ぶ「おふくろの味」であった。多くの人にとって幼かった頃の自分を思いださせてくれるのは懐かしい家庭の味なのである。
たしかに毎日、食事作りをしていればマンネリになり、面倒で退屈な作業になるのかもしれない。食事作りをしなくなるのは、共働きの女性であれば時間がないからであろうし、高齢者であれば体が不自由になり、食事作りをするのが億劫になるからであろう。現在、65歳以上で独り暮らしをしている高齢者は627万人であり、全世帯の12%を占めている。昭和の終わりごろに比べれば5倍に増えているのである。そこで、加工食品、調理済みの食品を利用したり、外食店を利用したりするのが手軽でよいのであるが、その代り、農薬が残留している野菜が使われていないか、遺伝子組換え大豆が使われていないか、などと心配をしなくてはならない。家庭で調理するのでなければ、地元の野菜や魚を使う地産地消も実行できないし、有機栽培野菜を使い、食品添加物を使わないで食事を作ることも難しい。何よりも家族の体調に合わせた栄養コントロールが難しくなるのである。家庭で料理をすることが減るにつれて、肥満とそれに誘発される生活習慣病が増えてきたのは当然であるとも言えるのである。
家庭料理には、家族においしい料理を食べさせてやろう、珍しい料理で驚かせてやろうという料理する喜びがある。心を籠めて作られた料理には、急いで食べてしまえないような何かがあるから、時間をかけて味わうことになり、食卓での会話も弾む。家庭ではおいしく作ることよりも、おいしく食べることのほうが何倍も大切である。一つの鍋の料理を分かち合って食べれば、私たちは一つの家族であると実感することができる。おふくろの味と言えば肉じゃが を挙げる人が多いが、その味は家庭によってまちまちである。つまり、それぞれの人がそれぞれのおふくろの味を持っていて、自己のアイデンティティを確認しているのである。家庭の料理にそのような力があると言うのは大げさかもしれないが、それほどの力はないというのも間違っているだろう。
しかし、家庭で料理をするについて問題になるのは、それを誰がするのかということである。家庭で料理をすることが大切だと考えるのであれば、料理をするのは女性の仕事という従来の観念にとらわれず、男性も、そして子供も料理作りに参加しなければならない。親が料理をしなければ、子供は料理を覚える機会がなくなり、次世代の家庭では料理をすることがもっと減るに違いない。地方の郷土料理なども継承されずに失われていくだろう。世界の家庭料理を見て回っている料理研究家、コウケンテツによれば、日本の家庭では料理をする負担が主婦に偏りすぎているという。先に紹介した朝日新聞の家庭での料理作りに対するモニター調査に寄せられた中高年主婦の声には、「料理し始めて20年、今や義務になっている」、「よくまあ何十年もご飯を作ってきたと思う」、「夫のために60年間作ってきたが、おいしいと言われたことも感謝されたこともない」などと不満が多い。料理作りは女性任せといった旧態依然とした分担意識は根強いが、個人化した家族では誰もが料理作りに向かわざるを得ない。それで「自分が食べたいものを食べたい時に自分で作る」ということになり、個食やバラバラ食が増えるのである。
いずれにしても、このように家庭の食事作りがこれほどまでに少なくなることはよいことではない。少なくとも日本とアメリカ以外の国々ではあまり見ることのない憂慮すべき状況なのである。そこで、平成12年、文部省、厚労省、農水省は合同で「健康づくりのための食生活指針」を作成し、家庭の食事作りが家族の健康管理のために大切であることを教えている。そして、手作りと外食や加工食品を上手に組み合わせ、地域の農産物を活用して、栄養バランスのよい食事を作ること、家族で食事作りについて話し合うこと、食卓の団欒を大切にすることなどを奨励しているのである。
