私は、蕎麦について永年研究をしています。ソバ属には、植物学的に17の種が存在することが今日知られています。そのうち、人間が栽培してきた栽培種と呼ばれる蕎麦には2つのものが知られ、その他15種は野生種であります。その2つというのは、普通種ソバとダッタン種ソバです。私達が日常的に食する蕎麦は普通種ソバです。学名は属名と種名をイタリック体で記し、命名者を付記して表現しますが、普通種ソバの学名はFagopyrum esculentum Moench(ファゴピルム エスキュレンツム メェンヒ)といい、メェンヒ(Moench)というドイツの科学者が命名しました。属名はラテン語のファグスFagus由来でブナ属という意味です。ピロスpyrusはギリシャ語で、小麦の意味です。またエスクレンタムesculentumは、ラテン語で可食性という意味でありますので、「ブナの実のように三角形をしたたねをもち、小麦のような可食性の植物」という意味になります。

学名の書き方は、スェーデンのウプサラ大学にかつておられたカール・フォン・リンネ教授(1707-1778)が考案されたものです。あまりに多くの植物を命名されているために学名の後ろにL.(リンネの意)の1文字だけが書かれます。コメの学名はOryza sativa L.、オオムギはHordeum vulgare L.、トウモロコシはZea mays L、インゲンマメはPhaseolus vulgaris L.、きゅうりはCucumis sativus L.、ニンジンはDaucus catota L.などなどです。ちなみに、ウプサラ大学は、15世紀の1477年に創設された大学で、北欧で最も古い大学です。1477年は、我が国では応仁の乱が終わった時代です。私は、ウプサラ大学医学部に、蕎麦のアレルギー研究の第1人者であられるグニラ・ウィスランダー博士(女性科学者)と大変親しております。今から2年前に、私の大学に彼女を外国人客員教授として招待し、学生達に、ヨーロッパでの管理栄養士制度や医療制度、アレルギー、リンネの学名の話などの講義をして頂きました。彼女の講義で興味深かったのは、我が国ではヒノキやスギなどのアレルギーが多いですが、ヨーロッパではシラカバ花粉等のアレルギーが問題になっていることが挙げられます。また、ヨーロッパでは小麦グルテン腸症(セリアック・スプルー(スプルーは吸収不全症候群の意)が大きな問題となっている点も指摘されていました。興味深い点として、小麦グルテン腸症は、我が国のようなアジア系の人達は比較的罹らないですが、一方アジア系の民族の多いフィンランドでも同様に比較的少ないという話には興味をひかれました。一方、蕎麦はいわゆるグルテン・フリー食品であって、欧州ではグルテン腸症の人達の代替食品として現在大きな関心がもたれているとのことでした。我が国では、蕎麦アレルギーが大きな問題ですが、ヨーロッパでは随分事情が異なると感じました。蕎麦は欧州ではかつて広く食されて来ており、現在でもポーランド、スロベニア、チェコ、イタリア、オーストリアなどの多くの諸国で食されています。

ところで、リンネ協会という協会があり、天皇陛下は当協会の名誉会員であらせられます。リンネ生誕300年になります2007年にウプサラ大学で盛大な祝賀会が開催され、ご招待を受けられました天皇皇后両陛下を、ウィスランダー先生はウプサラ大学内でご覧になり、大変感激した旨を学生達に講義されていました。

話しを蕎麦の種類の話に戻しますが、栽培種ソバのうち、ダッタン種ソバの学名はFagopyrum tataricum Gaertnerといい、ゲルトネル(Gaertner)というドイツの科学者が命名しました。タタリクムtataricumはダッタン人を意味し、ダッタン人とはモンゴル系一部族タタール人などを意味して(他にも諸説あり詳細は別の機会にします)いると考えられています。我が国ではダッタン蕎麦と呼びますが、中国では韃靼という言葉の使用は好まれなく、味が苦い味ことから、苦蕎クーチャオと呼んでいます。ちなみに、蕎麦には、ルチンと呼ばれるポリフェノール成分が含まれています。ルチンには、様々な働きがありますが、特に毛細血管の脆弱性を改善する効果や血流改善効果、抗酸化効果などが注目されています。ところで、ダッタン蕎麦には、ルチンが普通ソバ種の約100倍多く含まれています。ところが、ダッタン蕎麦にはルチンを分解しケルセチンという成分にする酵素(ルチン分解酵素)が普通ソバの約800倍高い活性をもっています。この酵素は、製粉などの時にも高い活性を示し、製粉しただけでルチンをケルセチンに分解します。ケルセチンは、強い苦味を呈し、これがダッタン蕎麦の苦蕎と呼ばれる所以です。ただ、ケルセチンも、ポリフェノールの一種であり、栄養学的な有効な効果に大変興味がもたれており、玉ねぎなどの食品に多く含まれ、動脈硬化等の疾患予防に有効であることが示唆されています。ルチンもケルセチンも大変楽しみな成分です。

結びに、今日は15世紀のお話をしましたが、京都には尾張屋さんという有名なお蕎麦屋さんがあり、このお店ができたのが1465年と伺っております。実に500年以上の歴史をもつ伝統のあるお店ですが、世界的にも大変有名なお蕎麦屋さんでありまして、私は多くの外国の蕎麦研究者達とともにこのお店で、美味なおそばを食しております。今日はこのくらいでお話を終えます。


私は、蕎麦について永年研究をしています。ソバ属には、植物学的に17の種が存在することが今日知られています。そのうち、人間が栽培してきた栽培種と呼ばれる蕎麦には2つのものが知られ、その他15種は野生種であります。その2つというのは、普通種ソバとダッタン種ソバです。私達が日常的に食する蕎麦は普通種ソバです。学名は属名と種名をイタリック体で記し、命名者を付記して表現しますが、普通種ソバの学名はFagopyrum esculentum Moench(ファゴピルム エスキュレンツム メェンヒ)といい、メェンヒ(Moench)というドイツの科学者が命名しました。属名はラテン語のファグスFagus由来でブナ属という意味です。ピロスpyrusはギリシャ語で、小麦の意味です。またエスクレンタムesculentumは、ラテン語で可食性という意味でありますので、「ブナの実のように三角形をした(たね)をもち、小麦のような可食性の植物」という意味になります。

学名の書き方は、スェーデンのウプサラ大学にかつておられたカール・フォン・リンネ教授(1707-1778)が考案されたものです。あまりに多くの植物を命名されているために学名の後ろにL.(リンネの意)の1文字だけが書かれます。コメの学名はOryza sativa L.、オオムギはHordeum vulgare L.、トウモロコシはZea mays L、インゲンマメはPhaseolus vulgaris L.、きゅうりはCucumis sativus L.、ニンジンはDaucus catota L.などなどです。ちなみに、ウプサラ大学は、15世紀の1477年に創設された大学で、北欧で最も古い大学です。1477年は、我が国では応仁の乱が終わった時代です。私は、ウプサラ大学医学部に、蕎麦のアレルギー研究の第1人者であられるグニラ・ウィスランダー博士(女性科学者)と大変親しております。今から2年前に、私の大学に彼女を外国人客員教授として招待し、学生達に、ヨーロッパでの管理栄養士制度や医療制度、アレルギー、リンネの学名の話などの講義をして頂きました。彼女の講義で興味深かったのは、我が国ではヒノキやスギなどのアレルギーが多いですが、ヨーロッパではシラカバ花粉等のアレルギーが問題になっていることが挙げられます。また、ヨーロッパでは小麦グルテン腸症(セリアック・スプルー(スプルーは吸収不全症候群の意)が大きな問題となっている点も指摘されていました。興味深い点として、小麦グルテン腸症は、我が国のようなアジア系の人達は比較的罹らないですが、一方アジア系の民族の多いフィンランドでも同様に比較的少ないという話には興味をひかれました。一方、蕎麦はいわゆるグルテン・フリー食品であって、欧州ではグルテン腸症の人達の代替食品として現在大きな関心がもたれているとのことでした。我が国では、蕎麦アレルギーが大きな問題ですが、ヨーロッパでは随分事情が異なると感じました。蕎麦は欧州ではかつて広く食されて来ており、現在でもポーランド、スロベニア、チェコ、イタリア、オーストリアなどの多くの諸国で食されています。

ところで、リンネ協会という協会があり、天皇陛下は当協会の名誉会員であらせられます。リンネ生誕300年になります2007年にウプサラ大学で盛大な祝賀会が開催され、ご招待を受けられました天皇皇后両陛下を、ウィスランダー先生はウプサラ大学内でご覧になり、大変感激した旨を学生達に講義されていました。

話しを蕎麦の種類の話に戻しますが、栽培種ソバのうち、ダッタン種ソバの学名はFagopyrum tataricum Gaertnerといい、ゲルトネル(Gaertner)というドイツの科学者が命名しました。タタリクムtataricumはダッタン人を意味し、ダッタン人とはモンゴル系一部族タタール人などを意味して(他にも諸説あり詳細は別の機会にします)いると考えられています。我が国ではダッタン蕎麦と呼びますが、中国では韃靼という言葉の使用は好まれなく、味が苦い味ことから、苦蕎(クーチャオ)と呼んでいます。ちなみに、蕎麦には、ルチンと呼ばれるポリフェノール成分が含まれています。ルチンには、様々な働きがありますが、特に毛細血管の脆弱性を改善する効果や血流改善効果、抗酸化効果などが注目されています。ところで、ダッタン蕎麦には、ルチンが普通ソバ種の約100倍多く含まれています。ところが、ダッタン蕎麦にはルチンを分解しケルセチンという成分にする酵素(ルチン分解酵素)が普通ソバの約800倍高い活性をもっています。この酵素は、製粉などの時にも高い活性を示し、製粉しただけでルチンをケルセチンに分解します。ケルセチンは、強い苦味を呈し、これがダッタン蕎麦の苦蕎と呼ばれる所以です。ただ、ケルセチンも、ポリフェノールの一種であり、栄養学的な有効な効果に大変興味がもたれており、玉ねぎなどの食品に多く含まれ、動脈硬化等の疾患予防に有効であることが示唆されています。ルチンもケルセチンも大変楽しみな成分です。

結びに、今日は15世紀のお話をしましたが、京都には尾張屋さんという有名なお蕎麦屋さんがあり、このお店ができたのが1465年と伺っております。実に500年以上の歴史をもつ伝統のあるお店ですが、世界的にも大変有名なお蕎麦屋さんでありまして、私は多くの外国の蕎麦研究者達とともにこのお店で、美味なおそばを食しております。今日はこのくらいでお話を終えます。

柳井達朗

  さん

神戸学院大学
池田教授

初めまして。
福岡にある株式会社タッチョーの柳井と申します。
私は現在会社の新事業であるそば事業に従事しています。

個人的にそばについてもっと勉強したいと考え僭越ながらご連絡させていただきました。
もしお時間あればご返信いただけますと幸いです。

何卒よろしくお願いします。

柳井

返信

蕎麦フアン

  さん

京都のお蕎麦屋さんは本当に歴史があるんですね。感心しました。

返信

もやもや

  さん

韃靼そばは、動脈硬化の予防に有名で、そば茶としてよく飲んでいます。

返信

みかん

  さん

イギリスの管理栄養士制度もどのようなものか気になりました。
是非ご教授いただきたいです。
また、500年以上前からあるお蕎麦屋さんがあることに大変驚きました。
京都へ行く機会があれば訪れてみたいです。

返信

池田清和  さん から しろくま  さんへの返信

素敵な感想を、ありがとうございました。

返信

池田清和  さん から yuu  さんへの返信

素敵な感想を、ありがとうございました。

返信

yuu

  さん

そばは日本の食べ物だと勝手に思っていましたが、外国でも食されているんですね。ヨーロッパのアレルギーや小麦グルテン腸症、天皇陛下がリンネ協会の名誉会員など、驚く内容ばかりでした。興味深いお話をありがとうございます。

返信

しろくま

  さん

ルチンという成分は前に見たことがあるのですが、ケルセチンは初めて目にしました。
玉ねぎにも含まれているとは、知らなかったです。
お蕎麦にも玉ねぎにも同じ成分が含まれているのは不思議な感じがしました。

返信