9/9の第44回食品物性シンポジウムで以下の薄力小麦粉食品の講演いたします。以下そのサマリーです。ご一読いただければ幸いです。

1、白い粉が欲しい。  

 白いパンや白いケーキが食べたい。小麦は米に比べて外皮が堅く、胚乳部に強く密着していて容易に除きにくい。このため粒を砕いて堅い外皮をのぞいて小麦粉とする。小麦の皮を除く製粉技術を進歩させ、かなり白い小麦粉が得られるようになった。しかしなかなかそれ以上白くならなかった。これは古代エジプト、ギリシャ、ローマ時代からのはなしである。さらに薬物による漂白効果であり、具体的には塩素ガス(クロリネーション)による漂白効果である。小麦粉中のカロチノイド系色素ルテインの分解である。小麦粉のクロリネーションによる漂白は効果的であった。94年以上前から薄力小麦粉の塩素ガスによる改良効果が米国で行われてきた)。クロリネーションは漂白効果以外、ケーキ品質の改良効果も発見された。色の白いケーキとなり、ケーキ容積がよくなり、きめが均質になり、ケーキの形も対称的になり、食感もよくなった。ケーキ中のフルーツホールデイング性なども生じた。クロリネーションの小麦粉への影響は多岐にわたり、小麦タンパク質、デンプン、脂質、ペントサン、吸水性、 親油性で研究され、小麦粉全てへの影響がクロリネーションで現れた。

2、ホットケーキの誕生  

 60年ほど前、ホットケーキの生まれた頃、日本人の食事はというと、ごはん、漬け物、魚の干物といった日本食だった。外国の映画を見て、オーブンで焼きたてのケーキを自分の子供にも食べさせたいとお母さんが思うようになるのは当然である。しかし日本は、というとオーブンは台所にはない。あるものはフライパンである。当時このフライパンを使ってサッと焼き、熱いうちに食べるホットケーキが考えだされた。しかしこのホットケーキはケーキ適性が低く、口腔内ですぐに団子状になりスポンジ性を失った。海外では小麦粉のクロリネーションを行っていた。この方法は日本のホットケーキ改良に非常に効果的であった。クロリネーション小麦粉で焼くと、口腔内でホットケーキのスポンジ性が保持された。こうしてクロリネーション小麦粉がホットケーキ用小麦粉に用いられるようになった。しかし衛生面からこの方法はまもなく中止された。米国ではなおこの方法は用いられている。クロリネーションを止めたがそれに変わる方法がなかった。なぜクロリネーションでホットケーキに強くスポンジ性が生じたのかは不明だったからである。クロリネーションは何らかの重要な化学的変化を引き起こし、ホットケーキの組織改良に貢献していることは明らかであるが、その原因は不明であった。小麦粉のクロリネーションに変わる安全な方法が求められている。その方法は、室温で回転する箱の中に一定量の小麦粉(水分含量14%ほど)を入れ、塩素ガスをその中に直接吹き込むやり方である。一瞬のうちに小麦粉の色は白くなり、塩素の匂いは消える。小麦粉の一部を取り、水に懸濁後、pHを測定してその処理レベルを計るのである。ホットケーキのスポンジ性は極めて低い処理(塩素0.3g/kg小麦粉)で改良された。

3、ホットケーキの小麦粉クロリネーションによる改良効果について  

 小麦粉のクロリネーションの研究はSollarsにより行われた。はじめに小麦粉を水溶性(WS)、グルテン(G)、テーリングス(T)、プライムスターチ(PS)区分に分け、元の比率で混合して再構成粉を調製し、それによるケーキベーキングを行っている。この方法を使って小麦粉分画区分間のインターチェンジを行いながらクロリネーション小麦粉の研究を進めた。クロリネーションによるケーキ用小麦粉の変化がどの区分の変化によるものなのかを調べた。そしてケーキ適正に及ぼすクロリネーションの効果は、PS区分によるものであることを示した。その後、他の研究者らによって同様の結果が得られた。われわれは、クロリネーション未処理、処理小麦粉からの各区分(WS、 G、 T 、PS)の分画と各区分間で置換え、再構成粉(例えば、未処理小麦粉のWS、G、T区分、プラス処理小麦粉からのPS区分)によるホットケーキベーキング実験を進め、クロリネーション小麦粉のPS区分がホットケーキのスポンジ性改良効果を示すことを明らかにした。ホットケーキ用小麦粉の分画は以下のように行われた。小麦粉に水を加え、撹拌後、遠心分離して、小麦粉中のWS区分(水溶性多糖類、糖質、タンパク質、ペプチド、アミノ酸等)をまず分け、その沈殿物を酢酸溶液(pH3.5)に懸濁し、これにとけるものをG区分とした。さらに不溶のもののpHを5.0にもどし、撹拌して遠心分離すると沈殿物は2層に分かれる。上層の黄色の粘性物がT区分(水不溶性のタンパク質、多糖類、デンプン小粒B、脂質等)、下層の純白区分がPS区分(デンプン大粒A)である。こうして小麦粉を4区分に分画し、その回収率は100%である(WS区分10%,G区分10%,T区分40%,PS区分40%の概比率)。再構成粉を作り、撹拌時間、液体/固体比率、pHをオリジナル小麦粉に合わせてベーキングすると再現性よくホットケーキができた。クロリネーション小麦粉から取ったPS区分のみ入れ替えを行ったときに、ホットケーキにスポンジ性の生じる事がわかった。この時ショ糖脂肪酸エステル(SFAE)をバッター(生地)中に入れると得られたスポンジ性の消えることがわかった。  デンプン粒水懸濁液をカバーグラスに一滴のせ、これをホールスライドグラスのくぼみの上に裏返してセットした。水滴中のデンプン粒はでわずか数秒のうちに沈んでゆくが、それを顕微鏡で観察した。クロリネーション小麦粉からのデンプン粒は水中で粒同士が接近すると、デンプン粒表面に磁力があるように強い吸着が観察された。未処理小麦粉からのデンプン粒はこの挙動を全く示さなかった。粒表面に何らかの反応基が生じているようであった。SFAEを入れると、この吸着の性質は消失した。このことからこの吸着はクロリネーションによるデンプン粒表面に疎水基が生成したためではなかろうか、そしてSFAEをケーキバッターに添加するとホットケーキのスポンジ性が消える事から、クロリネーション小麦粉、PS区分(デンプン粒)の疎水化が、ホットケーキのスポンジ性に関係のあることが推察された。

4、クロリネーションによるデンプン粒表面タンパク質の疎水化について  

 クロリネーションで生じたデンプン粒表面の疎水性を定量するため、その親油性を調べた。試験管の中にクロリネーション小麦粉からのデンプン粒、クロリネーションしない小麦粉からのデンプン粒をそれぞれ入れ、水中で油(液状なら何でもよい)とともに激しく撹拌した。クロリネーションしたものは強い親油性を示した。油は水層の上に浮かぶが、デンプン粒に油が付着するとこのデンプン粒とともに油は水中に沈んだ。クロリネーションレベルをあげるとそれに伴って沈殿量が増えてその量から疎水化の定量ができた。顕微鏡下で、デンプン粒がオイルに付着している様子が観察された。小麦デンプン粒に直接クロリネーションしても生じる事がわかり、さらにポテト、大麦、米、トウモロコシ、くずデンプン粒等もクロリネーションにより親油化の生じる事がわかった。デンプン粒をプロテアーゼ処理するとその親油性の消失する事がわかり、デンプン粒表面タンパク質にクロリネーション反応が起こり、それが原因で疎水化になったことが推察された。各種デンプン粒でも同様のことが観察された。20種類のアミノ酸の各パウダーに直接クロリネーションし、ペーパークロマトグラフィー観察したところ、チロシン、リジン等のアミノ酸にRfの異なるスポットが観察された。チロシン、リジン等のアミノ酸に塩素原子が入り込み疎水化に至ったことが推察された。水に極めてよく溶けるBSA(牛血清アルブミン)を乾燥後、クロリネーションすると水不溶化することも確認された。   小麦デンプン粒表面にタンパク質があるかどうか議論の多いところである。タンパク質染料,Coomassie brilliant blue, eoshin Y, amido black 10B等で小麦デンプン粒は染色したが、顕微鏡では染色が明確でない。蛍光染料Fluorescamineを小麦デンプン粒表面に反応させた。タンパク質があれば、Fluorescamineと反応して蛍光を発する。その結果、全てきれいに蛍光を発しグリーンに光った。クロリネーション処理小麦粉中のPS区分をプロテアーゼ処理で親油性が消失したと同様に、以後示す乾熱処理小麦粉あるいはエージング処理小麦粉中PS区分の示す親油性も消失したことから、両小麦粉中のPS区分もデンプン粒表面タンパク質の疎水化を示したものと思われた。小麦デンプン粒表面のタンパク質の定量は色素結合法で行った。デンプン粒に含まれるタンパク質をamido black 10B染色した後、弱アルカリ溶液で可溶化してそのamido black 10Bの量をOD630で測定して結合タンパク質量を測定した。さらに小麦デンプン粒をデンプン染料、Remazol brilliant blueで染色後、粒内部の高次構造をSEM(走査型電顕)観察した。小麦デンプン粒内部構造を糊化せずに観察できた。その頃、イギリスの研究グループは小麦粒の堅さを研究していた。小麦の製粉上小麦粒の堅さは重要な問題であった。デンプン粒表面タンパク質と小麦粒堅さとの関係を調べていた。その結果、フリアビリンの発見に繋がった。小麦デンプン粒表面にタンパク質の存在することはそれほど疑問ではなくなった。

5、クロリネーションに代わる小麦粉乾熱、あるいはエージング処理について  

 これまでクロリネーションに代わる小麦粉の改良方法として、乾熱処理方法が報告された。乾熱処理小麦粉にクロリネーション小麦粉と同様の改良効果があるならば、乾熱処理によるホットケーキのスポンジ性改良効果と同時に、小麦粉中のPS区分に疎水性があるはずである。小麦粉の乾熱処理は解放系で、120℃, 0, 1, 2, 3, 5時間,あるいは110-140℃、2時間行い、ホットケーキのスポンジ性を調べた。スポンジ性に改良効果が認められた。さらに小麦粉の乾熱処理は、120℃, 110℃, 100℃で数時間,90℃で144 時間(6日間), 80℃で144時間,70℃で240時間(10日間),60℃で540時間(22.5日間)まで細かく処理条件を変えてサンプルを調製し、ホットケーキのスポンジ性と疎水化を調べた。高温度にすれば短時間で、温度がさがれば長時間で同様のスポンジ性の得られることと疎水化を確認した。乾熱処理小麦粉からPS区分を集め、親油性を観察した。その結果、クロリネーション小麦粉同様、PS区分のデンプン粒表面も強い親油性を示した。乾熱処理小麦粉を酢酸分画し、それらを用いて再構成粉を調製し、入れ替え実験によるホットケーキベーキング試験を行った。その結果、PS区分、T区分の乾熱処理によるスポンジ性獲得が認められ、クロリネーション同様の効果が確認された。このようにPS区分のデンプン粒表面は、小麦粉の処理時間と温度をコントロールすると疎水化し、性質を大きく変えることがわかった。乾熱処理小麦粉中7ー8割を占めるPS区分、T区分の相互作用は、ホットケーキ組織中にあってしっかりした組織形成に貢献するため、少々の加圧でもつぶれなかった。その後、T区分にも親油性のあることが確認された。 温度をさらに低下させ、時間を延ばしてみてはどうか。この考えは温度係数を利用したものである。120℃→110→100℃→→→室温まで低下させると、時間を延ばすことで室温でも疎水化するはずである。これまでの実験から長時間放置すると室温でも小麦粉PS区分の疎水化の得られることがわかった。室温放置小麦粉(15-20℃,12ヶ月間)を酢酸分画してWS、G、T、PS区分を集めてゆくと、放置時間を延ばしてホットケーキのスポンジ性が次第に強くなるに伴って、疎水性によるPS区分、T区分間の相互作用は強くなり,分離しにくくなった。このPS,T区分間相互作用の大きさとホットケーキのスポンジ性の間には大きな相関があった。一見して全く変化ないようにみえる小麦粉もその中では親水性から疎水性に変化している。小麦粉中のタンパク質がPS区分とT区分の相互作用に重要な役割を演じていた。

6、疎水性デンプン粒のバッター中の泡安定化への貢献  

 クロリネーション、乾熱処理、あるいはエージング処理小麦粉中のPS区分が疎水化するが、その疎水化がどのようにケーキバッター中の気泡と関係するか不明であった。ケーキバッター中、重曹の分解と撹拌で気泡ができてくるが、タンパク質の変性による気泡膜は疎水的である。小麦粉中のPS区分が疎水化すると、そのデンプン粒は気泡の表面に吸着するようになるであろう。小麦デンプン粒表面が疎水化された時、気泡を安定化するかどうか確認実験を行った。試験管の中に水、クロリネーション小麦粉のデンプン粒500mg,2%イソアミルアルコールを入れ、縦型の震盪機で30分間激しく撹拌した。起泡剤としてイソアミルアルコールを用いた。撹拌停止とともに泡は僅か数十秒で消失するがこれを数秒置きに写真撮影した。クロリネーション小麦粉のデンプン粒は気泡を安定化する傾向を示すことが写真からわかった。乾熱処理小麦粉のデンプン粒を同様に試験した。全く乾熱処理しない小麦粉からのデンプン粒と、乾熱処理小麦粉のデンプン粒との泡安定性を比較した。乾熱処置した小麦粉のデンプン粒は泡を安定化した。ホットケーキ組織中にあっても、ケーキバッター中の泡は、デンプン粒の疎水化により安定化し、ホットケーキのスポンジ性に寄与したものと思われた。

7、小麦デンプン粒表面疎水性の新定量法の提案  

 小麦デンプン粒の疎水性はこれまで油との結合性で定量されたが、さらに正確に定量するためにSFAE(ショ糖脂肪酸エステル)を用いた。疎水化デンプン粒表面にSFAE(HLB=13程度のもの)を結合させた後、水洗して余分なSFAEを除去し、その後ソックスレーを用いてエチルエーテルでSFAEをデンプン粒から外し、このSFAEのショ糖をフェノール硫酸法で定量した。これまでの方法(親油性の結果)と高い相関性でSFAEを用いて疎水性を定量する事ができた。

8、不明だったカステラ組織の解明(疎水化デンプン粒の役割)  

 カステラは、卵の泡を十分にたて、そこに小麦粉を加え220℃のオーブン中で焙焼して製造する日本独自のものである。卵の泡を十分に立てた後、小麦粉を入れるとカステラ組織ができる。小麦粉は本来疎水的であり卵の泡を安定化する。昔からカステラ用小麦粉は製粉直後、室温でエージング(長時間の室温放置)を行ってきた。その原因は不明だったが、エージングしないと良好なカステラのできないことが知られていた。室温(15-25℃,2,4,6,8,10,12ヶ月)放置後カステラベーキングを行い、カステラの比容積増加を観察した。同時にPS区分の疎水化によるT区分間相互作用増加との相関性を見ている。長時間の室温放置小麦粉のPS区分に疎水化が生じ,カステラバッターを安定化したのである。室温に長時間放置の代わり短時間の乾熱処理(120℃,10,20,30,60,120分間)を行って、小麦粉PS区分に疎水化を与えるとカステラの比容積は同様に増加した。いずれも卵の気泡への各処理小麦粉PS区分の疎水性による安定化であった。

9、不明だった米粉パン劣化の解明  

 米粉(85%)と小麦グルテン(15%)を用いた米粉パンが製造されている。米粉が古くなると製パン性(パン高、比容積)の低下することが知られた。米粉を室温(15℃, 9ヶ月, 35℃,14日間)、あるいは乾熱処理(120℃,2時間)し、米粉の親油性の増加と製パン性の低下の相関性を確認した。製パン性の低下は、米粉中のデンプン粒表面タンパク質の変化によるもので、弱アルカリ性水溶液でタンパク質を除去すると古い米粉は親油性を失い製パン性が回復した。古い米粉のデンプン粒表面に生じた疎水性は、米デンプン粒表面タンパク質のSH基の表面露出によるものであることがMortonの方法で明らかにされた。この露出した米タンパク質のSH基は、混合されている小麦グルテン,このうちグルテニンのSS結合を還元し、その抗張力を低下して米粉パンの製パン性を低下したものと推察された。古くなった米粉デンプン粒表面にSFAEを添加すると疎水基が消えて、製パン性は回復した。

10、 これからの加工食品中の疎水化デンプン粒の重要性  

 元々小麦粉を白くしようと始まった小麦粉クロリネーションだが、コロイド的観察から小麦デンプン粒の疎水化が見つかり、さらに小麦粉の乾熱処理(120℃,2時間)、エージング処理でも同じ効果が見つかった。これまで不明だったカステラの小麦粉エージングによる高品質化の原因が小麦デンプン粒の疎水化であろうと推察され、小麦デンプン粒表面のタンパク質の関与が大きい事がわかった。さらに米粉パンの研究から、米粉でも古くなるとデンプン粒表面タンパク質に疎水化の生じている事がわかった。小麦粉を乾熱処理、あるいはエージング処理で生じた疎水性により、組織の安定性(ホットケーキスポンジ性向上),アワの安定性(高品質カステラの製造)、米の場合にはその疎水性による小麦グルテニンSS結合の還元による米粉パンの製パン性低下などに影響している事がわかった。

こむぎ

  さん

今では日常的に白いパンを目にするようになりましたね。
クロリネーションの現象も奥深いものを感じます。
疎水性の重要度にも目を向けたくなります。

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