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2.食料の生産に危機的な限界が迫ってきた

 欧米先進国やアジア主要国において豊かな食生活が実現してから半世紀も経たぬうちに、予想しなかったことが生じてきた。開発途上国における爆発的な人口増加が止まらなくなったことである。20世紀半ばの世界人口は25億人であったが、世紀末には60億人になり、現在は77億人、2050年には90億人を超すだろうと予測されている。すでに説明したように、現在、地球上で生産できる食料約60億トンでは、80億人の人口を養うのが限度なのである。しかも、この食料を欲しいだけ食べられるのは経済的に豊かな先進国13億人の人々だけであり、貧しい途上国の人々はそうではなく、アフリカ南部の国々では8億の人々が飢えに苦しんでいる。近年では、食料の無理な大増産によって農業環境がすっかり悪化してしまったので、これ以上に食料を増産することは期待できなくなり、40年後には100億人を超えると予想される地球人口を養うことはとてもできないと考えられる。

 もう一つの予想外の事態は食肉消費量の急速な増加である。世界の食肉の需要はこの半世紀で7000万トンから3億トンへ4倍に増えている。経済発展に伴って国民所得が増えると、食生活が豊かになり動物性食料の消費が増加する。肉はおいしい食べ物であるから、どの国でも経済的余裕ができると食肉の需要が増えるのである。ところが、牛肉1キログラムを生産するには11キログラムの飼料穀物が必要であり、同様に豚肉なら7キログラム、鶏肉でも4キログラムの穀物が必要である。 2006年現在、世界規模でみると、生産される穀物22億トンのうち3分の1以上が家畜の飼料に使われている。現在、アメリカ人は一人あたり年間98キログラムの肉を食べ、国全体で4000万トンの食肉を消費している。もしも世界の食肉消費量がアメリカ並みに年間一人あたり98キログラムになったとしたら、現在の穀物収穫量22億トンで生産できる食肉は26億人分しかない。因みに、日本人の食肉消費量は第二次大戦を境にして13倍にも増加し、年間一人あたり30キログラムである。ほとんどの開発途上国の食肉消費量はまだ一人あたり10キログラム程度であるが、2030年頃には34キログラムには達するであろう。すると、世界の食肉消費量は現在の2億8千万トンから3億8千万トンに増えると考えられる。世界の人口が2070年にピークに達するころには、世界の食肉需要は4億7千万トンになると予想されるが、それだけの食肉を供給できる見込みは全くないのである。

  今や、新しい耕地の開拓、灌漑地の拡大、多毛作の促進などはほぼ終わり、小麦、米、トウモロコシなどの穀物の作付面積は最近の20年、少しも増加していない。逆に、家畜の過放牧、塩害、表土流失などで失われる耕地が増えている。20世紀の食の繁栄をもたらした穀物の大量生産システムは農業環境に予想もしなかった打撃を与えたのである。堆肥など有機質肥料に代えて大量の化学肥料を使い続けた耕地は、土壌の団粒構造が破壊されて保水能力を失い、多量に施肥された窒素肥料は硝酸化されて耕地から流出し、地下水を汚染し、河川を富栄養化させて魚介類を住めなくした。自然の生態系や農業に不可欠な耕土は、地球の全表面に広げるとわずか18センチメートルの厚さにしかならない貴重なものなのであるが、それが荒廃し始めてきたのである。よく管理されている耕地であっても、土壌は補給される速度の約17倍の速度で消失すると言われている。中国だけでも表土流失と土壌汚染によって年間の穀物生産量が600万トンも減少している。また、農業には水を欠かすことができない。1キログラムの穀物を収穫するのには1トンから2トンの水を必要とするのである。ところが、近年、人口の増加と都市化が進んで淡水資源が不足し始め、世界の各地で農業用水が確保しにくくなっていることも深刻な問題である。

 多量に散布された農薬は環境中に拡散して、食物連鎖により濃縮されて昆虫、鳥や魚類などの生態系を破壊している。大規模化された農業、畜産業、食品産業から河川に排出される多量の有機質汚濁物は河川の水を酸欠状態にして生物を住めなくする。機械化され、施設化された農業は多量の石油燃料を消費するから、大量の二酸化炭素が放出されて地球温暖化を加速させている。地球の平均気温は既に産業革命以前に比べて既に1度上昇しており、温室効果ガスの排出を抑制しなければ今世紀末には4.8度上昇するという。2020年から始まる国際的な排出削減計画〈パリ協定〉を達成しても、世紀末には産業革命以前より2度上昇すると予想される。地球の気温が2度上がると、これまで比較的に安定した気温と降雨に恵まれていた農業生産に予想していた以上に大きなダメージが生じるのである。

 どう考えてみても今後、世界の食料の生産量が伸びる余地はほとんど残されていないから、遠からず世界的な食料危機が訪れてくるに違いない。科学技術を活用して食料を効率よく大量に生産し、それを世界中に流通させることで、20世紀後半における食の繁栄を実現した資本主義食料供給システムが、自然から厳しいしっぺ返しを受けているのである。農林水産省が平成10年に公表した「世界食糧需給モデル」によると、このような生産制約がある場合には、2025年に穀物の消費量は2割増加して25億トンになるのに対して,生産量は25億トンで限界に達するから、需給が逼迫して穀物の国際価格が4倍に高騰するという。

 今後の食料対策が国際的課題になってきたのは、1972年に生じた穀物と石油の価格高騰によって、食料とエネルギー資源とには限りがあるという認識が世界的に高まってからである。考えてみると、これまでの食料増産計画にはいくつかの誤りがあったと言ってよい。

 その一つは、土壌が永遠に肥沃であると思い込んでいたことである。過去100年間にわたって人間は地球上の土壌をかつてないほどに酷使して食料を生産してきたから、土壌は劣化し消耗してしまっている。農地の酷使で年に平均2600万ヘクタール(日本の農耕地の5.2倍)が砂漠化している。これまでは土壌が劣化すれば新たな土地に進出すればよかったが、今後には新たな土地が残っていない。19世紀にはグアノ(鳥糞石)や硝石、20世紀には化学合成窒素肥料を施肥して土壌を再生することができたが、このような方法が今後も見つかる保証はない。

 二つ目の誤りは、十分な日照、降雨に恵まれた温暖な気候がいつまでも続くと思っていたことである。確かに20世紀にはそのような気候が続いたが、地球の歴史からみれば一時的のことに過ぎない。近年、人間の活動が引き起こしている温暖化現象は別として、地球の気候が一定不変ということはまずありえない。

 三つ目の誤りは特定の作物に特化した農業が効率が良いと思い込んでいたことである。現代の農業はごく限られた種類の農作物を大量に栽培するモノカルチャー農業である。モノカルチャー農業は経済的には効率が良いが,特定の昆虫や病原菌、あるいは少しの気候変動によって壊滅的な被害を受けやすい。生物の多様性が保たれていなければ、自然の回復力は最大限に発揮されない。

 四つ目の誤りは、現代文明の全てがそうであるように、化石燃料がいつまでも安価に入手できることを前提にしていたことである。化石燃料の安定供給なしには、膨大な地球人口が必要とする大量の食料を生産し、運搬し、供給することはできない。ところがその化石燃料資源が底をつき始めてきたのである。地球人口が48億人であった1985年に日産32億トンであった世界の石油の産出量は、2015年の39億トンをピークとして減少するであろうと予想されている。既に原油の国際価格は1998年の1バレル11ドルを底値として2010年には1バレル、100ドルになり、9倍に高騰しているのである。

  
  
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