日本人が明治維新まで食べ続けてきた伝統的な和食は米食に偏り、ともすれば栄養バランスが悪くなりがちな食事であった。明治44年から大正4年までの5年間の食料摂取状況をみてみると、国民1人当たりの食料カロリー摂取量は1日、2124キロカロリーであるが、その93%を米、麦、芋、豆に依存している。このような米、麦、大豆などが中心の食事は第二次大戦前まで大きくは変わらず、食肉、魚介類、鶏卵、食用油などを摂ることはごく少なかったから、たんぱく質のエネルギー摂取比率は総エネルギーの12%、脂質は6%と低く、栄養素のバランスが極めて悪い食事であった。したがって、国民の体格は欧米人に比べて貧弱で、平均寿命も50歳に満たなかった。

古くから食事の摂り方が健康の保持や疾病の予防に関係があることは経験的に広く知られていた。しかし、摂取した食物が体内で糖質、たんぱく質、脂質などの栄養素に分解されて吸収され、我々の生命活動のエネルギーとなり、あるいは体の一部にもなる「栄養」の仕組みを明らかにする近代栄養学が発展したのは19世紀の後半から20世紀初めのことである。

 近代国家建設を目指す明治政府にとって、国民の体位向上、疾病予防、健康増進は焦眉の急であった。そこで、国民の栄養摂取状況を改善するため、西洋の近代科学である栄養学の知識を活用してそれまでの日本食を近代化することが国家指導で始まった。近代国家においては、政府が国民の健康増進に対する責任を負うことになったのである。今日ではどの家庭でも食事の献立は、糖質、たんぱく質、脂肪など栄養素のバランスやカロリーのことを考えて作るのが普通になっているが、このようなことは明治初年に西欧の近代栄養学の知識が導入されてから徐々に始まったことなのである。 

 日本における全国規模の食料需給調査は明治12年、1879年、内務省が各県ごとに米、、雑穀、芋、蔬菜などの消費状況を調査した「人民常食調査」が最初である。さらに、明治16年には日本最初の食品成分分析表が発表されている。そこには約90種類の食品について、たんぱく質、脂肪、炭水化物,灰分、水分の含量が記載されている。さらに、内務省衛生試験所長心得の田原良純は、国民が必要な栄養を摂取するための「標準食料」を提案した。今日、国民に栄養指導をする根拠としている食料需給表、日本食品成分表、日本人の食事摂取基準の始まりである。

大正10年、1921年に国立栄養研究所が設立されると、初代所長となった佐伯 矩は一般人のための栄養教育、栄養知識の普及活動に力を注いだ。因みに、それまでの「営養」という用語を「栄養」に改めたのも佐伯である。これら栄養に関する科学知識は、女学校での家事教科書や調理実習、新聞雑誌の解説記事、公的機関による栄養講習会などを通じて世間に広がり、食物のカロリーや栄養素のバランスを考慮して食事作りをすることが徐々に始まった。しかし、一般庶民はまだ貧しくて誰もが栄養十分な食事を摂れたわけではなく、ことに第二次大戦中はひどい食糧難に陥ったから、日本食の栄養改善は遅れた。

国民の栄養状態が著しく改善されたのは第2次大戦後のことである。

戦前の米食中心、つまり澱粉質を多く食べる食生活から脱却して、肉類や乳製品など動物性食品を多く摂る欧米型の食生活に変える栄養改善運動が実施されたからである。まず、国民の栄養摂取状況を正確に把握するため、毎年、全国5000世帯を対象として1日の食事内容を実地調査する国民栄養調査が昭和21年から始まった。さらに、生鮮食品と加工食品を含めて2000種類の食品について、カロリーや栄養成分を記載した食品成分表と日本人に必要な栄養所要量を定めた食事摂取基準が整備され、学校や病院などで栄養指導を担当する栄養士、管理栄養士の制度が発足するなど、国民の栄養状態を本格的に改善、指導する体制が整った。国民の貧弱な栄養状態を改善するためには肉料理、油料理を多く摂る必要があったから、政府はキチンカーを全国に巡回させて料理指導を行った。

こうして、朝食はパン、牛乳、卵、ハムという家庭が増え、夕食の食卓にはビーフステーキ、ハンバーグやクリームシチューなどが並ぶようになった。また、全国の児童、生徒の栄養改善のために始まった学校給食は家庭での食事の改善にも大きな効果があった。その結果、動物性食品の摂取が増えて、昭和6〇年ごろにはタンパク質、脂肪、糖質の摂取比率が理想的なバランスに収まるようになった。そして、成人の身長は戦前に比べて10センチ伸び、平均寿命が30歳も延びて世界1の長寿国になった。食べるものが健康の保持と病気の予防に大切であることは昔から誰もが経験的に知っていたが、そのことを栄養学の科学知識で理解して毎日の食事作りに生かすことがようやく実現したのである。科学的な栄養知識の普及が伝統的な日本食を近代化したと言ってよい。

  

しろくま

  さん

栄養に対する正しい知識こそが、長寿化には欠かせなかったわけですね!
健康に過ごす為にも、勉強は毎日でも行いたいです。

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